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特集 LGBTー映画にみるゲイ

2019年9月11日

特集「映画に見るゲイ12」290
金色の眼の女(下)(1963年 ゲイ映画)

監督 ジャン・ガブリエル・アルビコッコ

出演 マリー・ラフォレ/ポール・ゲール/フランソワーズ・プレヴォー/フランソワーズ・ドルレアック

シネマ365日 No.2964

妄愛という愛 

特集「映画に見るゲイ12」

 「金色」があまり男に会いたい、会いたいというものだから、レオは別荘で会う手はずを整える。つきました。男がやってきた。車から降りる男を見て胸をときめかせている「金色」を見て、レオは嫉妬に燃える。男にしたら悪いのはレオである。「君だけになつくペットが欲しかっただけだろ。名前もつけず、飼い殺しにして、ほとんど殺人行為だ」「君は俺がいて、ヴィーニュ氏、ジルベール男爵」いろいろ男の名をあげ、「みな健全な仲か。10年付き合っていて知らなかったよ、君の本当の姿」。アンリにしたらレオはどこまでも異常者みたいね。レオは別荘に来る少し前に「金色」の手紙を見せている。「アンリ、私が幼稚だから辛かったでしょうね。レオから聞いて、あなたに会いに行ったの。嫌われていると信じようとします。もう私に会いに来ないで。私は迷っているの。あなたを思って」…でも男は来た。外で待っている。レオは「金色」に「決まりね。行きなさい」。別れの抱擁を交わしながら女を刺す。女は死んでしまった。入ってきた男は亡骸を抱いて「愛している」とつぶやく▼正直いうとこの映画には降参だわ。幻想的すぎてポカンとする。殺してしまうほど妄想に狂っていたのか、レオは。刑務所入りだ。会社はどうする。雑誌の次号は出来上がっているのか。後継者はいるのか。本作で社会的に現実感のある存在であるはずの、アンリとレオが揃って「金色」にメタメタだから、「愛とは人を狂わせるものなのですね」と、ボソッと言うしかないものの、共感できないことおびただしい。が、唯一レオの妄愛が、愛情の真実を表出して哀れだった。マリー・ラフォレは22歳だった。ジャン=ポール・ベルモンドとの共演やクロード・シャブロル監督の「ジャガーの眼」などが後に続くけど、「太陽がいっぱい」の衝撃に勝るものはなかったと思える▼後一つ、フランソワーズ・ドルレアックが、アンリにはめられるモデル役で出演しています。妹(カトリーヌ・ドヌーブ)と違って小顔でスレンダーな手足。顔も双子みたいに似ているのだけど、妹よりシャープね。でも声はドヌーブと間違えそうだったわ。彼女は25歳で自動車事故のため亡くなりました。まだまだこれからだったのに、惜しかった。本作のとき19歳です。夭折したせいで作品数は少ないけど、ロマン・ポランスキー監督の「袋小路」など、やっぱりなあ、と思わせる異常性があります。血は争えんわ。同じ監督でカトリーヌ・ドヌーブが主演した「反撥」は、数えきれないほどの映画にダボハゼみたいに出演しているドヌーブの作品中、最高傑作だと今でも思います。