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特集 LGBTー映画にみるゲイ

2019年9月12日

特集「映画に見るゲイ12」291
欲望の法則(1990年 ゲイ映画)

監督 ペドロ・アルモドバル

出演 エウセビオ・ポンセラ/アントニオ・バンデラス/カルメン・マウラ/マヌエラ・ベラスコ

シネマ365日 No.2965

アルモドバルの愛の背骨 

特集「映画に見るゲイ12」

 ペドロ・アルモドバル監督の初期作品です。オープニングから濃密なシーンです。セリフを書こうかと思ったけどやめました(笑)。人気映画監督パブロ(エウセビオ・ポンセラ)、彼の兄は性転換して女性になった姉ティナ(カルメン・マウラ)、彼女は友人の娘アダを引き取り実の娘のように可愛がっている。パブロには恋人ファンがいるが倦怠期。ファンは田舎に帰りパブロに手紙を書くが「気持ちがこもっていない。書き直すからサインだけして送り返してくれ」などと注文をつけている。たまたま出会ったアントニオ(アントニオ・バンデラス)に一目で惹かれたパブロは関係を持つ。男性とは初めてだったアントニオはパブロにのめり込み、ファンを嫉妬し、彼のいる田舎までバイクを走らせ、崖から突き落として殺してしまう。物語はテキパキと進みます▼ファンの死にショックを受けたパブロは、運転を誤り木に車をぶつけて記憶喪失。アントニオが犯人と知らないティナは彼と同棲する。警察の捜査はやがてアントニオを突き止める。記憶が戻ったパブロはティナとアダを人質に彼女のアパートに立てこもったアントニオに人質解放の交渉に行く。いつものことなのですが、アルモドバル、ゲイだろうと性転換だろうと、世間が異端視してきた存在を、私たちの社会の、完全な日常に落とし込んでいます。この平常心の前では、本作の20年後、世間が盛んに唱え始める「多様性社会云々」なんてかき消えてしまう。それほど彼の「垣根のない捉え方」は見事です。男同士のセックスシーンも赤裸々ですが、「どこでも、だれでも、普通のことやっているだけだよ」という監督の視線が徹底していて違和感を与えない。他人の娘の親代わりになって、つまり見捨てられた存在に注がれるやさしい人物の登場は、以後の傑作「オール・アバウト・マイ・マザー」に引き継がれる、彼の映画を貫くヒューマニティです▼すぐれた映画には、脳裏に焼きつく忘れられないシーンというのがありますが、本作ではここでした。「1時間だけ、アントニオと二人だけにしてくれ」とパブロはアパートを取り巻いた警官隊に頼む。部屋に入っていき「来たぞ」という。アントニオは「1時間、一緒に居れるのだね」とパブロを抱きしめる。彼らは愛し合い、わずかな眠りに落ちる。脚を絡ませたまま果てた男たちの美しい映像です。セピア色に近い薄いオレンジがかったモノトーンです。オレンジ色はこの映画で決定的な意味を持つと言っていい。去りゆく太陽であり、沈む夕陽であり、燃え尽きる命であり、死にゆく男の愛の終焉なのだ。アルモドバルの作品が、ほとんど極彩色の迷宮を思わせた晴れやかな色調であることを思えば、珍しい。しかし、死と愛はこれまたアルモドバルが愛を語る背骨でした。余計なお世話ですがティナは将来、エイズを発症して死ぬのではないか、パブロが結局兄(姉)の娘を(彼もまたこの少女を溺愛しています)養育するのではないか、そんなことまで考えてしまいましたが「オール・アバウト…」を見れば、当たらずといえども遠からず、アルモドバルの愛は常に死と螺旋状で描かれるのです。少女役のマヌエラ・ベラスコについてちょっとだけ。本作は彼女のデビュー作。12歳でした。ホラーの大ヒット「REC/レック」のレポーター、アンヘラはこの17年後でした。