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特集「ベストコレクション」

2019年10月2日

特集「コスモス秋風に揺れ/10月のベストコレクション」②
暁に祈れ(2018年 事実に基づく映画)

監督 ジェン=ステファーヌ・ソヴェール

出演 ジョー・コール

シネマ365日 No.2985

壁を破るのは自分 

特集「コスモス秋風に揺れ/10月のベストコレクション」

 ストーリーがどうの、主人公がこうの、という以前に、実録刑務所ドキュメンタリーの迫力に言葉を奪われる。イギリス人ボクサーのビリー(ジョー・コール)はタイで酒とドラッグに溺れた生活をおくりながら闇ファイトで稼いでいたが、警察に踏み込まれ逮捕、最も受刑者に過酷なチェンマイ刑務所に送られる。床と天井と壁があるだけ。囚人はひしめき寝返りもうてない。リンチにレイプが横行し、目が覚めたら暴行を受けた若者は首を吊っていた。同房者らは(へ、またか)と知らん顔。セリフは時たままじる英語の他、ほとんどタイ語で字幕は出ないドキュメンタリー・タッチです。ビリーは看守の誘惑に乗ってヘロインに手を出す▼ムショの食事とくると、何か白いものが浮いている汁とバサバサの飯。囚人らは全員、体中にタトゥーを入れ、顔の半分が墨で真っ黒という、人間かクマかわからない御仁もいる。暴力沙汰に走るジミーは懲罰房の出入りを繰り返す。生まれ育ったのは貧しい家庭だった。イギリスの公営住宅で幼児から父親の虐待を受けた。ある日ムショの庭を整然とランニングしているグループを見かける。ムエタイ・チームだという。ジミーに初めて明るみが見えた。刑務所の中でムエタイ・チームはエリートで簡単に仲間に入れてもらえない。賄賂が全てだ。ビリーは知り合ったレディ・ボーイ(性転換して女性になった男性)に、拝み倒してタバコ二箱を融通してもらい「入門」許可。ボクシングとは技の種類が多いムエタイに戸惑うものの、またコーチはタバコをくわえながら指導するという、たまげる環境であるものの、やっと生きる目的を見出したビリーは刑務所を代表して、全国大会出場囚人に選ばれる。「名誉なことだぞ。仲間を背負って勝負できるか。練習は二ヶ月間だ」と訊いた所長に「勝って見せる」。いつか囚人たちとも笑顔で話をするようになり、無頼派コーチも親身になって鍛えた▼しかしドラッグ代の借金が溜まっていたビリーは「金を返せ。返せなければエイズだ」と注射器を突きつけられる。勝つしか道はない土壇場で大量吐血。原因は過去の不摂生とドラッグに酒だ。次に出血したら失血死もあると医師は通告した。「俺はこの試合に賭けているのだ」…だからといって本作は「ロッキー」のようにはなりません。ビリーはKO寸前までメタメタにやられますが、コーチ直伝必殺バックスピンエルボーでマットに沈める。各刑務所の所長が観戦する最前列で、チェンマイ刑務所長は立ち上がって歓喜する。リングで吐血したビリーは救急車で病院へ。死にはしなかった。父親が面会に来た。父親に扮しているのは原作者のビリー・ムーアです。息子は恨んでいた父親の顔を見て何もかも水に流せた。原作者はインタビューでこう答えています。「彼と向き合わずに来たが、初めて父は俺の目をまともに見てくれた。ようやく父親の影を克服した。父を許せた」。エンディングの字幕「ビリーは3年間服役しイギリスに移送され、2010年釈放された。自伝はベストセラーになった。釈放以来薬物を断つ努力を続けている」。人には何か一つでいいから打ち込めるものが要る。それが自分で自分を閉じ込めていた壁を破るたった一つの武器になる。地獄の刑務所が主人公にそれを認識させた。派手なクライマックスではありませんが、本場ムエタイの格闘技シーンは、比類なく出色です。