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特集「ベストコレクション」

2019年10月3日

特集「コスモス秋風に揺れ/10月のベストコレクション」③
天才作家の妻—40年目の真実(上)(2019年 社会派映画)

監督 ビョルン・ルンゲ

出演 グレン・クローズ/ジョナサン・プライス/クリスチャン・スレーター

シネマ365日 No.2986

だから魅力的なのだ 

特集「コスモス秋風に揺れ/10月のベストコレクション」

 夫ジョゼフ(ジョナサン・プライス)が悲願のノーベル文学賞を取った。妻ジョーン(グレン・クローズ)とベッドで跳び跳ねる。祝辞の嵐に包まれ、ジョーンは笑顔を絶やさないが、グレン・クローズは微妙に複雑な表情をかすめさせる。40年間、妻は1日8時間夫の代筆をやり、夫は作家として成功し、最高の栄誉に輝いた。ノーベル文学賞が転がり込まなかったら、妻は影の作家として代筆で満足していたかもしれない。しかし授賞式の席で、抜けしゃあしゃあと賛辞を浴びている夫と、「妻は私の人生の宝です」と持ち上げる夫の鉄面皮に(どんな宝なのよ)…積年の鬱屈が爆発、帰国したら離婚だと断言する▼夫とは大学の文学部で知り合った。彼は教授でジョーンは学生だった。先に恋したのはジョーンだ。ジョゼフが暗唱するジョイスの一節にクラクラした。彼は妻がいたが離婚。作家修業に入るが芽が出ない。出来上がった作品を読んでジョーンは欠陥を指摘し、自分ならもっとうまく書き直せると言う。ジョゼフは改稿を承知する。その小説は絶賛を浴びた。夫の言い分はこうだ。「僕は君の肩を揉み、食事を作り、子供の面倒を見た。妻のほうが才能ある事実に僕が苦しまなかったとでも? 屈辱にまみれなかったとでも? 君と離婚したいとでも言ったか」「いいえ。そのかわり浮気を繰り返し、あなたはそのたび泣いて謝り私は毎回許した。私の才能のせいだ、仕方ないと言い聞かせ、怒りに目がくらんで書けない時もその怒りを小説にした」「ニューヨークで親の束縛を逃れた自由な時間を楽しんだだろう。文化的な生活、海辺の家を手に入れた。素敵な服や旅行、贅沢の数々。最高の生活を手に入れただろ」。どこまでもトチ狂った男ね。名声と資力は作品の成功がもたらしたものであり、作品を書いたのは妻ではないか▼ここに全てを察知していた伝記作者ナサニエル(クリスチャン・スレーター)が登場する。彼は薄っぺらな亭主より、本物は妻だとわかっている。妻の大学時代の習作が亭主の初期作品よりうまい。ジョゼフの前妻にも会った。入念な取材だ。前妻は「ジョーンに会ってから彼の小説は化けたわ。彼女に伝えて。彼を引き取ってくれてありがとう」余裕綽々だった。まといつく亭主をおいて妻は街に出る。ナサニエルが呼びとめる。「僕のような者にあなたはやさしい。19世紀に建てられた正統派バーがあります。一杯どうですか」。続くシーンがいい。曲者クリスチャン・スレーターを相手にグレン・クローズは(あなたの言う通りだけど口には出さないわ、もちろん認めない、でもどこかで誰かが本当のことをわかってほしい)そんな重層心理を、暗黙のうちにナサニエルにわからせる絶妙の演技を見せる。「ジョセフにはいろいろ艶聞があるがそれは意外じゃない。男性作家は性欲過剰です。批評家はそれを美化して魅力だと思わせるが、僕は人として最低だと思う。彼の浮気癖はあなたへの劣等感に根ざした不安の表れです」。ジョーンは薄く笑みを浮かべる。「あなたは相談相手がいますか」「いいえ」「だから魅力的なのだ」。初めて自分の孤独を認め、それを魅力的だと言った男。長い間の寂しさが溶きほぐれていく。ストイックにして繊細な揺曳を感じさせる、グレン・クローズが絶品です。