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特集「ベストコレクション」

2019年10月6日

特集「コスモス秋風に揺れ/10月のベストコレクション」⑥
負け犬の美学(上)(2018年 家族映画)

監督 サミュエル・ジュイ

出演 マチュー・カソヴィッツ/オリヴィア・メラニティ/ビリー・ブレイン

シネマ365日 No.2989

スパーリング 

特集「コスモス秋風に揺れ/10月のベストコレクション」

 45歳のボクサー、スティーブはその夜も敗戦記録を伸ばして帰ってきた。娘オロール(ビリー・ブレイン)はベッドで「勝った?」パパの顔を見てそれ以上聞かず「惜しかったわね」とだけ言う。彼女はパパが大好きだ。クラスメートが「女みたいなボクサーだ」とバカにしたからケンカし、顔にアザを作って帰ってきた。「どっちから手を出した。お前が先か。先に手を出すな。悪口くらい聞き流せ」。夫の収入だけでは生活できず、妻マリオン(オリヴィア・メラニティ)は美容師を、スティーブはレストランのウェイターをやっている。娘をピアノ教室に迎えに行ったスティーブは、ピアノを弾いている娘を惚れ惚れと見つめる(全然上手なピアノではないけど)。そして先生に「娘は“持って”ますか」と聞く。ボクシングでは素質のあることを“持っている”というのだ▼先生は毎日練習すれば上手になると当たり障りなく答える。パパはピアノを買ってやりたい。オロールがピアノを弾いている時は「輝いている」とパパは思うのだ。聞いたオリヴィエは「正気? 請求書が山のようにきているのよ!」。随分きつい女性に見えるが彼女はいい女房だ。夫がパンチ・ドランカーにならないかと心配でたまらない。50戦戦ったら引退すると約束させた。現在49戦だ。夫はチャンプ、タレクのスパーリング・パートナーになったという。人間サンドバッグになったのと同じことだ。「試合より危険なのでしょ。やめて。介護が必要になっても私は世話しないわよ!」。スティーブはひとえにギャラが欲しかった。彼がリングで試合できるチャンスはもうないと言ってもいい。エージェントは誰も声をかけてくれなかった。タレク陣営が雇ったスパーリング・パートナーは3人。スティーブ以外は立派な戦績の現役ボクサーだ。「なんでポンコツがいるのだ」とタレクは訝ると同時に怒る。「俺は欧州の王座を賭けて戦うのだ。カムバックの邪魔をするな」。案の定その日のうちにクビになった。スティーブはしかし、夜明けのジョギングに出るタレクを待ち構え一緒に走り出し海辺の砂浜にでた。「何のつもりだ。サンドバッグなら間にあっている」冷たくあしらうタレクに「俺にはあんたにないものがある。8年前マティスと戦った」。マティスとはタレクが対戦するチャンピオンだ。タレクは黙る。「どんなボクサーもKOされたら自信を失う。あんたも打たれるのが怖いのだろ。でも俺はKOからリングに戻ったボクサーだ。あんたを見ていて思った。今のままではマティスに負ける。踊れるのはせいぜい2、3ラウンドまで」。本作はボクシングの勝ち負けの映画ではありません。娘のために犠牲を払う父親の話でもありません。人は誰でも大切にしていいものがある。スティーブは優れたボクサーではありませんが、熱い気持ちを抱いて生きています。彼の戦績は4913勝3引き分け32敗。たとえ0勝であってもボクシングをやめなかったでしょう。なぜ。好きだったから。誰にも奪えないものを彼は持っていたからです。タレクはスティーブをパートナーに復帰させました。タレクを演じたのはソレイマヌ・ムバイエ。元WBA世界チャンピオン。拳に命をかける悽愴な男を好演しました。