女を楽しくするニュースサイト「ウーマンライフ WEB 版」

  • facebook
  • twitter
  • line
  • rss

特集「ベストコレクション」

2019年10月7日

特集「コスモス秋風に揺れ/10月のベストコレクション」⑦
負け犬の美学(下)(2018年 家族映画)

監督 サミュエル・ジュイ

出演 マチュー・カソヴィッツ/オリヴィア・メラニティ/ビリー・ブレイン

シネマ365日 No.2990

名誉と栄光のためでなく 

特集「コスモス秋風に揺れ/10月のベストコレクション」

 娘のオロールはピアノの天才ではないだろうが、ピアノを弾いている時は幸せそうだ。上手でなくともやっていい、続けていいということだとスティーブは思う。好きなことを褒められもせず、くさされもしないで継続させる、平凡で純粋な気持ち。ひょっとしたらそれが才能ってものじゃないのか。この映画はそんなことを伝えてくる。スティーブはタレク陣営の戦略会議で、一人コーチであるオマルの方針に異を唱える。もちろん無視された。その夜、スティーブはタレクの部屋を訪れた。「オマルは優秀だが最高のコーチじゃない。マティスのミスを誘うより、彼のクセに集中すべきだ。彼は必ずリングの中央から攻撃を仕掛ける。中央に陣取り、マティスを中に入れない。毎回あなたが中央の位置を譲らなければ敵は混乱する」。実際に拳を交わしたボクサーでなければわからないスティーブの実感がタレクはわかった▼タレクは「世話になった礼に」自分の前座試合に彼を推薦した。「喜んで」スティーブは受ける。妻のマリオンは念をおすことを忘れない。「50戦目よ。約束よ。忘れないで」。最後の試合だけは見に来てもいいと娘に言ってあった。オロールはいかないという。「パパが打たれているのをみな喜ぶ」から。スティーブは老トレーナー、ジャンを訪ねる。「最初のトレーナーに最後も頼みたい」「お前の武器は何だ。スタイルか」「いや」「パンチか」「いや。打たれ強いことだ」「武器にはならんぞ」「でもそれで続けられた。だから立派な武器だ」。当日。妻が言った。「スティーブ、立派よ。オロールもオスカル(息子)も応援しているわ。パパが自慢なの。今夜は私、注文があるわ。絶対に勝って!」。激励虚しくスティーブはロープに追い込まれ打たれっ放し。最終ラウンド。ジャンが怒鳴った。「最後の試合だぞ。悔いを残すな。お前が目指していたボクシングを見せろ!」。粘りに粘ったスティーブ。ヨレヨレになって家に戻り娘の寝室に行く。ベッドで待っていた娘は「勝った?」。答えは聞かないでもわかった▼ラストシーン。オロールのピアノ発表会だ。スティーブはこっそり現れ、出口のそばで聴いた。最前列には家族と、タレクまで聴きに来てくれているではないか。オロールは光るような笑顔を、ドアを出て行くパパの背中に投げた。エンドロールにこの数字と実在のボクサーが映ります。ロビン・ティーキン2勝51敗。ジョニー・グリーブス4勝96敗。ピーター・バックリー32256敗。これが監督の描きたかったことです。名誉と栄光のためでなく、ボクシングのために人生を全うしたボクサーたち。数字の後ろにある彼らの「平凡で純粋な」情熱、熱い思いにこみ上がるものがありました。