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特集「美しい虚無-妄想映画の魅力」

2019年10月20日

特集「美しい虚無10」⑦
ダブルフェイス 秘めた女(2009年 劇場未公開)

監督 マリナ・ドゥ・ヴァン

出演 ソフィー・マルソー/モニカ・ベルッチ

シネマ365日 No.3003

わたし、だれなの? 

特集「美しい虚無10」

 マリナ・ドゥ・ヴァン監督の作品をあげてみます。「残酷メルヘン 親指トムの冒険」「イン・マイ・スキン 人には言えない、私が本当にしたいこと」(脚本・出演)「8人の女たち」(脚本)「まぼろし」(脚本)「ホームドラマ」(出演)「海をみる」(出演)。幻想の貴公子フランソワ・オゾン監督とよく組んでいます。本作も幻想系、神経症的な映画です。作家であり二児の母であり、やさしい夫の妻であるジャンヌ(ソフィー・マルソー)は8歳の時の交通事故が原因で、それまでの記憶をなくしている。最近ひんぱんに奇妙な幻覚に囚われる。昨晩と今朝で台所のテーブルの位置が違う。場所を変えたかと夫に聞くと「いいや、何もしていないよ」。彼女の書く小説は不評で落ち込んでいた。そのせいかも、と思ったが、鏡を見ているうちに自分の顔が変形してくる。半分はソフィー・マルソー、半分はモニカ・ベルッチになっている。夫と子供たちまで別の顔に見えてきた。ノイローゼ気味になって母親ナディアの家に行く。心痛を訴えるが、母親はなんとなくこの問題に触れたくなさそう▼街角や部屋の隅に現れる8歳くらいの少女がいる。追いかけると姿を消す。母親の家で古い写真を見つけた。自分と金髪の少女が写っている。知らない女性が一人。誰かと訊くと「私の友達よ」と母親は答えたが「違う、この人が私の母よ」と突然ひらめいたようにジャンヌは断言する。写真の女性を求めてジャンヌは旅に出る。このあたりから顔は完全モニカ・ベルッチ。話をまとめると義父は妻の連れ子ローザマリアを可愛がらず、心を痛めた母親は養子に出すことにした。パリから引き取り手の家族がローザマリアを迎えに来た。笑顔の金髪の女の子がいた。その子がジャンヌだ。二人は仲良くなった。ところが車の事故でローザマリアと養母以外は亡くなり、生き残ったローザマリアは記憶を失い、自分のことを「ジャンヌ」だと思い込んだ。養母は娘の気持ちを壊したくなく、そのままジャンヌと呼ぶことにした▼ジャンヌが自伝を書くことで過去に遡っていると、記憶が蘇ってきた。過去の記憶と現在が混在しジャンヌを苦しめたが、やがて母親から真相を聞いたジャンヌは自分がローザマリアであることを現実として受け止め、自分が成り代わっていたジャンヌをもまた、同じ自分だと意識化することで精神の融和を得る。ラストはソフィー・マルソーとモニカ・ベルッチが並んで何か書いている。ピアノの連弾のように映ります。イマジネーションの中で別世界を構築するのは、この監督の世界観でして「まぼろし」なんか、主人公のシャーロット・ランプリングが死んだ夫に向かって走っていくシーンでラストです。それに比べたら本作のヒロインは、幻想と現実の折り合いをつけたのですから、監督は、少しは世間のフツーの感覚に歩み寄ってくれたのかな、と思いました。マリナ・ドゥ・ヴァン監督が特に執着するのが皮膚です。劇中、モニカ・ベルッチの腕や足に瘤が盛り上がり、それがどんどん大きくなって歩くのさえ重たげに足を引きずります。全然ストーリーの大要に関係ない無駄な瘤ですが、皮膚を自傷するとか、不気味な瘤が肉体を変容させるとか、突如突出するアンバランスな形象を、監督の想像力はダイナミックに攪拌します。本欄でのちにアップすると思いますが、この人は「イン・マイ・スキン 人には言えない、私が本当にしたいこと」とか「残酷メルヘン 親指トムの冒険」とか、現実世界の歪みと変形に異様な関心を示しています。「8人の女たち」は異常でも変形でもないではないかとおっしゃるかもしれませんが、8人が8人とも秘密を持ち、その心の内実が外の現実と摩擦し攪拌して、第三の真実という「瘤」を生み出すプロセスは彼女の得意技でした。

 

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