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特集「秋の夜長のミステリー7連発」

2019年11月7日

特集「秋の夜長のミステリー7連発」⑦
ねじれた家(2019年 ミステリー映画)

監督 ジル・パケ=フェロウズ

出演 グレン・クローズ/マックス・アイアンズ/テレンス・スタンプ

シネマ365日 No.3021

クリスティとシャブロル 

秋の夜長のミステリー7連発特集

 「7連発」のトリはやっぱりクリスティ。永遠のベストセラーは聖書に教科書にアガサ・クリスティーと言われる彼女の、意外だったけど初映画化作品です。クリスティが自分でイチ押しというくらい、作者の思い入れの強いミステリーらしいです。発表時クリスティは59歳。基本的に一年一作、新作発表は12月で、「クリスマスにはクリスティを」が読者の合言葉になりました。功なり名遂げた後も年齢とともに豊かになっていった創造力。素晴らしいですね。世評で「クリスティの三大傑作」とされた「三幕の殺人」や「ABC殺人事件」「そして誰もいなくなった」、また二度と誰も真似できないトリックとされた「アクロイド殺し」「オリエント急行殺人事件」をさておき、クリスティはこの作品のどこが気に行っていたのでしょう▼本作に限りませんが、「ポワロもの」にせよ「ミス・マープルもの」にせよ、クリスティの作品にはどんな事件とその解決にも、ヒューマニティが通底しています。もちろん本作でも。リスペクトとしてネタバレはやめますので、周辺をじくじくと箸の先でつつき回すような書き方になりますが、クリスティが気にいっていたのは、登場人物のイーディスではなかったかと思うのです。グレン・クローズが演じています。一族全員からつまはじきされていた、レオニデスの若い後妻ブレンダがいました。彼女が逮捕された時は(ざま〜みろ、いい気味だ)と嘲笑された、若くて綺麗で、ちゃっかり愛人も作っているブレンダに、イーディスだけが「彼女は無罪よ。最高の弁護士をつけて。費用は私が持ちます」と探偵チャールズ(マックス・アイアンズ)に耳打ちする。チャールズとレオニダスの孫娘ソフィアとの恋愛もどきもありますが、大筋に関係ない。だいたいラブロマンスはあっさり仕上げる傾向がクリスティにはありました。彼女の関心は「抑圧と欲望、情念と猜疑、エゴと無知の狂気」です。特に本作では収束できなかった「無知と狂気」が悲劇を引き起こしています▼とはいえ、大富豪の祖父アリスタイド・レオニデスは、裸一貫の移民から一大財閥を築き上げた怪物。それに比べ息子、娘たちはどうか。読まれることのない小説を書き、完成した試しのない長男、女優だというものの彼女の舞台を誰も見たがらない長男の嫁、会社を潰しかけては父に出資を頼む次男と、アブノーマルな一族から脱出することが生きがいとなったその妻。ロックンロールに夢中だが感性は地べたを這っている長男の息子。ソフィアは長男の娘であり、彼女は祖父に気にいられ財産のほとんどを自分が相続することを知っていた。チャールズを招いた夕食会は一族相互の悪口と悪態が露呈する。「このレベルの連中に犯罪は無理」と、このシーンでクリスティは引導を渡しています▼話は飛躍しますが、クリスティ最大の謎とされる失踪事件のことです。1926年12月3日自宅を出たクリスティは帰らなかった。11日後、保養地のホテルに別人名義で宿泊しているのがわかった。その名義というのがテレサ・ニール。当時の夫の愛人の名前です。おかしいと思いませんか? 腹いせでしょうか、イヤミでしょうか。大量の推理小説のプロットを、らくらくとこしらえあげた人の頭がそんなド単純でしょうか。夫の愛人が憎むべき存在だったとして、そんな女性の名を自分の仮名として用いるでしょうか。この事件に関してクリスティは自伝でも触れていません。一生口を閉ざしたわけがきっと別にあると思います▼また話は飛びますが、クリスティの作風を映画で最も受け継いだ監督がクロード・シャブロルでした。でした、と断言するのは、例えば「肉屋」の殺人事件の叙情的な収束は、クリスティ信者そのものだとしか言いようがないからです。彼こそ「ねじれ」まくった映画ばかり作っているように見えますが、ちがう。虚無の中の美しい静謐と人間の黒い激情を、彼は少年時代クリスティに「入信」したことによって体得しています。

 

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