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特集「クロード・シャブロルの時間」

2019年12月1日

特集「クロード・シャブロルの時間」① 
美しきセルジュ(1999年 社会派映画)

監督 クロード・シャブロル

出演 ジャン=クロード・ブリアリ/ジェラール・ブラン/ベルナデット・ラフォン

シネマ365日 No.3044

斜め下からの視線 

特集「クロード・シャブロルの時間」

クロード・シャブロルの監督第一作。27歳でした。何の根拠もなく思うのですが、シャブロルは9歳か10歳の時大腿骨頸部のカルシウム不足で足が立たなくなり、4〜5ヶ月歩けませんでした。移動するのは床に尻をつけたまま「尻歩き」する。この尻歩きがすごくうまくなって、サササと猛烈なスピードで移動できるようになった。試しにやってみたら、最初こそ戸惑いましたが、練習すればスピードはともかく、できた。ペチャンとお尻をつけたまま滑るように動くのは、自分が異物体になったような妙な感覚でした。彼は外に出られなかったこの時期、推理小説を読みふけり、アガサ・クリスティに「入信」したことは、本欄の何本かの「シネマ」で書いた記憶があります。尻歩きと本作に何の関係があるのか。少年シャブロルはペタンと尻をつけ斜め下から人と物事をみていた。この「異物体」の体験は、彼独特のいやらしい視点を与えるのに、いちばん役に立ったのではないかと思うのです▼タイトルの「美しきセルジュ」は「美しかったセルジュ」という意味です。主人公フランソワ(ジャン=クロード・ブリアリ)が12年ぶりにフランスの片田舎に帰郷する。迎えに出た幼馴染に「セルジュはどうしている?」と、彼のことばかり聞く。セルジュ(ジェラール・ブラン)は同級生の中でもひときわ目立つ切れ者だった。今は結婚して酒浸りだ。イヴォンヌを妊娠させ生まれた子供は先天的異常をもち死産。村を出て建築家になるため大学にも受かっていたが諦め、今は木材の運搬をしている。妻は二人目の子を妊娠中。セルジュは呪い吐き出すように「また異常児だ。義父の血だよ。何もかも赤ん坊のせいだ。うまくいくはずだった。ちゃんと生まれて親子3人で村を出れば俺だってまともに働いた。あのガキのせいだ。フランソワ、俺を救ってくれ。お前に相談したかったのにお前はいない。飲み続けていたのはそのせいだ」とまあ、うまくいかない人生はみな人のせいなのだ▼妻の妹マリー(ベルナデット・ラフォン)が男好きの色っぽい女で、たちまちフランソワとベッドに行く。父親とマリーは実の親子ではない。それをいいことに父親は早速マリーと事に及ぼうとする。セルジュもとっくにマリーと関係を持っていた。「なんて家族だ。動物と同じだ。理性はないのか」とフランソワ。セルジュ「そうさ。どこにある。いくら働いても貧乏で土地は花崗岩。家まで5キロはある通学路を子供たちは膝まで雪に埋もれて通う。獣だろうと構わないのさ。何かにしがみつくだけだ」。村のダンス・パーティがあり臨月近いイヴォンヌは疲れて帰りたがる。見かねたフランソワが「帰ってやれよ」一言いうとセルジュは妻を指差し「こいつにはウンザリだ。失せろ」喚きつつ、取りなそうとしたフランソワを叩きのめす。神父がフランソワに言う「村を出なさい。君にとってよくない」「離れません。ここの人には僕が必要です」「村人は誰も君を必要としない」「言葉じゃダメだ。セルジュのおかげでわかった。手本が要るのだ。村人を助けるために外に出て行きます。あなたにできますか?」ムキになっていきなりなにを言いだのだよ▼フランソワはドストエフスキーの小説の主人公のような言葉を述べ、村人のための「手本」を示そうとするつもりか。イヴォンヌはフランシスにこう言う。「セルジュは産まれる子供の不安ばかり言うの。医者は前と同じだというけど(ひどい医者がいたものね)、今度は大丈夫よ。セルジュを愛している。信じられないでしょ。昔から彼に憧れていた。今は彼を守ってあげたいの。なぜああなのかしら。苦しめられたわ」「苦しんでいるからさ」誰が? セルジュが? 閉鎖的な村で結婚して縛り付けられたのは女のせいか。セルジュは陣痛が始まった妻から逃げて馬小屋に隠れる。産まれた子供を見るのが怖いというのだ。フランソワが引きずって分娩の部屋に行く。誰も声も聞こえない。「ダメか」セルジュは泣く。その時元気のいい赤ん坊の産声が聞こえる。セルジュは泣く。今度は嬉し泣きだ▼これで夫婦円満で再出発するのかどうか皆目わからんが、まあ、明るいものが見えてきたってことね。それにしてもシャブロルの「斜め下からの視線」がよくわかる処女作だわ。弱い、いい加減で無責任な男、そんな男を愛する女、セックスしか考えない義父、セルジュを助けたいと願いながら、フランソワがいちばん先にしたのは彼の義妹と寝ること。男なら誰でもいいその義妹。シャブロルは、できれば見ずにすませたいものをいちいち引きずり出してくる。世間はそんな現実の中で豊かに回っていく。目クジラを立てるのがアホらしくなる。そこでこの映画が終わればシャブロルはただの皮肉屋のオッサンですが、そんな村社会においても目クジラを立て「蒙昧な人々のために自分が手本を作ろう」と、無謀なまでの主人公を登場させた。突き放しておいて、たとえドン・キホーテ的であっても一片の救いを予感させる。これは最晩年の「引き裂かれた女」まで、どこかに見え隠れするシャブロルの温かみです。

 

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