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特集「パイオニア・ウーマン」

2020年1月20日

特集「パイオニア・ウーマン」⑦ アニエス・ヴァルダ 
アニエスの浜辺(2009年 ドキュメンタリー映画)

監督 アニエス・ヴァルダ

シネマ365日 No.3093

パズルのピース

パイオニア・ウーマン特集

同じ監督の「幸福」を 見たとき、この残酷さをなんという…あっけに取られた。幸福な夫婦がいたところ、夫が他の女性に恋をする。ぬけぬけと「妻を愛している、君も愛している」。愛人は(当然よ)というふうに微笑み、妻は動揺を抑え、家族でハイキングに出かけた湖で身を投げて死ぬ。愛人は家に来て子供達は彼女になつき、結婚しようとなる。一家そろってまたもやハイキングに出かけ、絵のような家族の後ろ姿で終わる映画。どこが「幸福」なのだと不満タラタラながら、苦々しくエゴイスティックな現実を美しい映像で撮った監督に、繊細というより豪腕を感じました。本作はそのアニエス・ヴァルダが80歳になり、越し方をドキュメントした映画です。砂浜に大小の鏡を何枚も立てる、ストリートに砂浜を作り水着姿の女優たちがオフィスワークしているなど、意図はともかく、奇抜なアイデアが次々映されます▼長い映画人生だった。彼女は2019年3月29日、90歳で没しましたが、最後まで独特の容貌は変わらなかった。「未知との遭遇」の宇宙人のような大きな目。サイコロのような四角い姿形。でも時々アップになる顔には、童顔とやさしさだけではない、強靭なエネルギーがみなぎっている。写真家として出発した彼女は、あるとき自作の写真展を開いた。ジェラール・フィリップ、夫であるジャック・ドウミ、ジャン=リュック・ゴダール、セルジュ・ゲンズブール…そしてつぶやく「みな、死んでしまった」。人生の黄昏に残る追憶を顧みるアニエスは、しかし追憶でさえパワフルなのだ。彼女は臨月でデモに参加し、警官隊と向き合っていた。「フェミニズムとは女性が自由になるだけでなく、手を携える闘いだと気付いた。女性たちへの暴力反対、マッチョ絶滅、産む権利と産まない権利の選択」。女性たちがピケを前に歌う。「パパが王様だろうと判事でも医者でもかまわない、産むのを決めるのは私よ」。「陽気な解放運動を描いたが実際は怒り心頭だった。レイプ、家庭内暴力、陰核切除、中絶。中絶する若い医師は『麻酔は使わないよ。お仕置きだ』と言った。2回ほど私の家を手術のため提供した。私はある宣言書に署名した。343人の『アバズレ宣言書』だ。主張は『中絶した私たちを裁け』」▼頭に感傷と湿り気のないこの女性は言うのだ。「思い出とはハエと同じ。飛び回るカケラ」。本作も彼女に言わせればカケラであり「丸々太ったおしゃべり女が自分の人生を語る」ものだ。製作中「完成するの? 断片しか撮ってないわ」と訊かれたアニエスは、とりとめもなさそうに「少しずつ形が出来ていく。パズルと同じ」。ジャック・ドゥミとの結婚生活は仕事にも私生活にも充実をもたらした、と本作は伝える。作風は全く異なるが、夫婦は合わせて一枚のコインだったのかも知れない。「ファースト・ランナー」である以上、アニエスは出さないわけにいかない存在であるのに、そのドキュメントは何ら特別な彼女の秘密を教えない。夫を、子供を、家族を、映画と仕事を愛した女性は、限りなく平凡に思い出に耽り、思いつくままパズルのピースを当てはめていく。何ができるのかという意図も目的も消え、彼女の大きな目に見えているものは、浜辺から広がる青い大きな海だ。浜辺に並べたいくつもの鏡に見えたのは、しかし海でも空でも思い出でもなく、埋められるのを待つパズルのピース、これからの映画だったのではないか。

 

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