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特集「最高のビッチ」

2020年2月7日

特集「最高のビッチ10」⑦ ルース・ベイダー・ギンズバーグ2 
RBG 最強の85歳(下)(2019年 ドキュメンタリー映画)

監督 ジュリー・コーエン/ベッツィ・ウェスト

シネマ365日 No.3110

悪名高きRBG 

特集「最高のビッチ10」

「この魔女が、この悪党が、この怪物が最高裁の名を汚す存在だ」「底意地の悪い女だね」「邪悪だよ」「あの女は反米だ」「RBGはゾンビだ」。世界を変えた女性は男性達から総スカンを食った。ルースは今や「ノトーリアス(悪名高き)RBG」である。ルースが初めて最高裁で争った案件の弁論は午後からだった。昼食は喉を通らず緊張のため大きく目を見開いていた。判事たちが着席する。ルースは切り出した「僭越ながら首席判事殿。女性は職場で差別に直面しています。広くはびこり表面化しにくく、少数派差別に匹敵する深刻さです。根底にあるのは女性が劣った存在であるという見識です。母性を守るためという口実により不当に扱われ、高賃金の職務への昇進を阻まれています。家事と育児は女性の役割とする考えが強い社会通念となり、女性を家庭に閉じ込めます。それは男性が活躍する場より劣るとみなされています」▼判事たちは初めて聞く力強い弁論に戸惑い、そして釘付けになった。ルースの言葉には真実の力と普遍性があり法の番人たちはお株を奪われた。「性による区別が憲法の平等違反になる可能性が高いことを示すため、1837年のサラ・グリムケの言葉を紹介します。奴隷廃止と女性解放で有名な人物です。“特別扱いは求めません。男性の皆さん、私たちを踏みつけているその足をどけてください”」勝訴だった。原告は男性だけに支給されていた住宅手当を認められた。アメリカ社会が変わる瞬間でもあった。ルースは最高裁判事として23番目の候補だったが、それを一番に押し上げたのは夫のマーティンだ。ニューヨークで成功した弁護士としての人脈をフル活用、ルースが助けた女性たちに連絡し、妻がいかにふさわしい人材かを訴えた。当時のクリントン大統領は振り返る。「決め手は面接だった。ホワイトハウスに招いた。ルースは物静かで慎み深く控えめだった。15分で指名を決めた」▼最高裁判事承認公聴会の二日目、昨今の候補者が避けてきた「中絶の権利」に、ルースは支持を表明した。「男女が平等であるために重要なことは、女性が自分で決断を下せるかどうかです。自己決定は女性の人生や尊厳の核心にあるものです。政府がその決定に干渉するなら、女性を責任ある大人として扱わないことになりますし判断力を奪ってしまう」公聴会は96対3で承認。オコナー判事に次ぐ女性として二人目の最高裁判事に就任した。1993年だった。話は前後するが、ルースが代理訴訟で最高裁まで持ち込み、弁論を行った6件の訴訟のうち5件で勝訴。男女の賃金格差、男性の介護手当の支給、女性への住宅手当の支給、ルースがやり遂げた法改正はアメリカ女性に大きな影響を与えたばかりでなく、彼女の存在そのものが女性を力づけた。最高裁判事就任後に手掛けた判決としては、1996年入学者を男子に限定していたバージニア州立軍事学校の規定を違憲とする判決が知られる▼インタビュアーが聞いた。「あなたは83歳。引退を勧告する声がリベラル派からもあります。辞める気はないのですか」「何度も言っていますが全力で働ける限り今の仕事を続けます。それが無理になればこの座から降ります」。ルースが全力で働けない時ってどんな時だろう。2018年12月、85歳で転倒事故に遭い肋骨3本折り、治療の際に肺の悪性腫瘍も発見、緊急摘出手術を受けた時すら翌年2月復帰した。現代のアメリカの女性たちは、70年代ルースが裁判に訴えて改めさせた、多くの法律に守られている。死ぬまでやってもらうのがおもてなしってものでしょ。黙ってな。

 

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