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特集「最高のビッチ」

2020年2月9日

特集「最高のビッチ10」⑨ ヴェラ・ファーミガ2 
ベイツ・モーテル最終章(下)(2017年 テレビ映画)

製作総指揮 カールトン・キューズ

出演 ヴェラ・ファーミガ/フレディ・ハイモア

シネマ365日 No.3112

悲 恋 

特集「最高のビッチ10」

たとえ自分の狂気を知ったとしても、それは救いにならなかった。ノーマンの悲劇は狂気の自分を信じたこと。病気だから治したいとか、治療してもらおうとか一切考えなかったこと。兄ディランはノーマンとノーマが夜の世界の住人だとすれば、健全な昼の世界の住人です。異常だから治療すべし。ノーマンはそれを拒否する。確かに俺は狂っている。死んだ母親と会話し母親の衣服を着て、母親がいるものとしてテーブルに向かい合う。いかれた男でなくて何だろう。しかし母親とともにいることが最たる安住の世界だとすれば誰にも口は出せまい…彼の意識の中で殺人は消えています。証拠を突きつけられたとしても、それは母親を喜ばせ、安心させるためにしたことであり、犯罪者の意識はない▼ないとしても正気と狂気を往還するのですから、正気のノーマンは自分が死刑に値する男だとわかっています。でも昼の世界の人間にはならない、なりたくない。なぜなら自分は妄想の母と暮らした幸福を、何物とも引き換えはしない。彼は狂ったまま死ぬことを選びます。よしんば人はそれを妄想と呼んでも、心に呼び起こした現実こそが、自分の生きるエンジンだった。充分危険な発想です。深い井戸をのぞくように、心になにがあるかを確かめ続けてきたことが、ノーマンを犯罪者にしたのだから、罰せられる以外の何ものでもない。しかしながら、ラストに登場する幸福なディランの家庭の風景、家族の肖像、安心と平安に満ちた彼らを見ながら、ノーマとノーマンの愛と死は、爽やかな青空のもとに咲く、美しい花々の地表一枚下に、孤独と頽廃と腐敗すら満ちた世界が、異質な美を発酵させていることを知らせる。いびつでゆがんだ、この世にはない夜の海を航海する難破船。見捨てられ、かつての温もりも光も失った海底の廃墟。そこを選ぶのは狂っているからか? わからない。誰も見分けられなかった美しさが航行する彼らには見えていたからではないか。でなければノーマンの、安らかな静寂に満ちた死の選択をどう説明すればいいのだろう。叙情的ですらあるエンドは、本作の制作チームが逸脱者とその世界に深く関わろうとした努力と姿勢を示して余りあります。中心人物を演じたヴェラ・ファーミガもフレディ・ハイモアも、理解したうえの取り組みと思われる。一言で言うなら本作は悲恋であり、どんな恋の形も愛の形もあり、人にもたらすものが幸福なのか不幸なのかではくくれないところで、人は生きているのかもしれないと。

 

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