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特集「煌びやかな墓場」

2020年5月12日

特集「煌びやかな墓場」④ 
嘆きの王冠 ホロウ・クラウン ヘンリー5世(下)(2017年 事実に基づく映画)

監督 テア・シャーロック

出演 トム・ヒドルストン/メラニー・ティエリー/ランベール・ウィルソン

シネマ365日 No.3204

鬼にもなれば蛇にもなる 

特集「煌びやかな墓場」

「まだだ、まだだ、まだだ」エクセター公ははやる射手隊をおさえる。騎手の顔が判別できる近さまでまで迫った時「撃て」雨あられのように降り注ぐ矢。盾も甲冑も破れた戦死者は死屍累々、戦場を埋めた。仏軍の死者1万人。英軍の死者25人。信じられぬ戦果を残して英軍の勝利が決まった。血だらけのヘンリー5世「戦略に頼らず正面から挑み、これほどの大差で勝利した戦いはかつてあったか。凱旋する。行進しよう。ただし勝利を自慢すれば死刑。この勝利は神のみに帰し、我が力によらず。死者は手厚く埋葬しカレー港に向かう。そして祖国へ帰るのだ」。ヘンリー5世は「世界で最も美しい庭園」フランスを手に入れ、王女キャサリンと結婚します。戦後1年、再びフランスに渡ったヘンリー5世は、仏王との会見で出した勝者の条件の、最重要項目がキャサリンとの結婚でした▼劇中の圧巻は、城壁を攻め落とすシーンです。仏軍の巧みな防衛に手を焼く英軍は撤退しそうになる。ここでヘンリー5世が叫ぶセリフはシェイクスピア史劇の中でもハイライトです。命のやり取りの最中、こんな長いセリフを喋っているヒマなんかあるかい、と思うのが自然でしょうが、これがないと本作は成り立ちませんから、あえて引用します。「もう一度突破口を突撃せよ。さもなくば、城壁をイギリス人の死体で塞いでしまえ。平和の折には礼儀正しさと謙遜が紳士のたしなみであろうが、いったん戦いの嵐が我らの耳に吹きすさぶや、トラのように振る舞うのがよいのだ。筋肉を引き締め、血を奮いたたせろ。穏やかな心を怒りで覆いつくせ」。ジェントルマンも、鬼にもなれば蛇にもなれっていうのね。「進め。イギリスの貴族たち。命知らずの父親から生まれたことを忘れるな。父親たちはここフランスの各地で昼夜を問わず戦い、敵がいなくなるまで剣を収めなかったのだ。そんな父親から生まれたことを証明してみろ。でなければ母親を辱めることになるぞ。さすがはイギリス男児だと俺に言わせてくれ」もはや身分の上下はなく、命を賭けて戦い抜く男同士として王は叫ぶ▼遡って、アルフルールを占拠した時、市長に降伏を迫る王の言葉は峻烈を極めた。「降伏するがよい。さもないと後悔することになるぞ。血に飢えた兵士たちが野蛮な手でなく叫ぶお前たちの娘を凌辱し、父親たちは白くなったヒゲを掴まれ城壁に打ち付けられる。裸の子たちはやりで串刺しにされ、母親たちは苦悩のあまり泣き叫んでその声が雲をつんざくだろう。よく考えろ。降伏するか、抵抗してむざむざと破滅するか、どちらかを選べ」。ヘンリー5世の軍律は厳しく、略奪、暴行を禁止、背いた者は死刑だった。王は自分のやることがすべて本気であることを臣下に疑わせない。味方の自尊心に強く訴えるスピーチもさることながら、いざという時は残酷非情になれることをヘンリー5世は示してきた。仏軍との決戦に備え、足手纏いになる捕虜のみな殺しをエクセター公に命じたのである。王という人間像の複雑さ、その彫り込みの深さ。それを言葉にした力。人類がそれまで聞いたことのなかった言葉による表現が、シェイクスピアによって命を与えられています。

 

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