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シネマ365日

2020年6月1日

特集「クリスティの時間」① 
そして誰もいなくなった(1945年 劇場未公開)

監督 ルネ・クレール

出演 ルイス・ヘイワード/ジューン・デュプレ/バリー・フィッツジェラルド

シネマ365日 No.3222

2億冊売れた本

特集「クリスティの時間」

アガサ・クリスティの時代を超えて愛読される長編推理小説。ポワロもミス・マープルも登場しませんが、世界で2億冊を売ったとされる。1945年、1966年、1976年に映画化され、本作は最も早い時期のそれ。2020年、4本目がハリウッドで企画中というのは、何ゆえの人気なのでしょうか。孤島に招待された8人の客が、ひとりずつ殺されていく。屋敷の中には客と召使い夫婦を入れ10人。彼らは手紙で招かれたものの、差出人のオーエン氏を誰も知らない。帰りのボートは一週間先でそれまで島に閉じ込められたことになる。ホールにあるインディアンの置物を見てヴェラ(ジューン・デュプレ)は古い子守唄を思い出す。「ひとりが喉を詰まらせて死ぬ/ひとりが寝過ごして8人に/ひとりが残るといいだして7人に/7人で薪割りをしていた時ひとりが自分の頭をカチ割って6人に/6人が蜂の巣をいたずらしてひとりが蜂に刺され5人に/ひとりが裁かれ4人になった」概ねこれによく似た状況で殺されます。「4人のインディアンは海へ泳ぎに行った。燻製ニシンがひとりを飲み込み3人に/3人が動物園を歩いていたらひとりがクマに襲われ2人になった/ふたりが陽を浴びていたらひとりが焼け死に起こりはひとり/取り残されたひとりは首を吊り、そして誰もいなくなった」▼10人は不審なまま晩餐の席に。召使いがかけたレコードからは音楽でなく、主催者オーエン氏が10人の罪を告発する声が流れる。妻の愛人を死に追いやった将軍、甥の死の誘引となった婦人、酒を飲んで手術に失敗した医師、偽証した探偵、姉の婚約者を死なせた女性、絞首刑にその責任を負う判事、東アフリカで21人を処刑した青年、病気の雇い主を見殺しにした召使い夫婦。「我々を愚弄している」客たちは怒るが、間もなく第一の殺人。それとともにホールの置物のインディアン人形が一つ倒れていた。人形は全部で10体ある。外部からの侵入者はいない。殺人者は彼らのうち一人だ▼筋の運びは狡猾で蠱惑的だ。招待客10人の過去の犯罪を暴き、その結果、お前たちは殺されても仕方ないのだ、とする支配的・独断的な犯人。残る人数は2人になった。若い女教師ヴェラと、アフリカ帰りのロンバート(ルイス・ヘイワード)だ。疑心暗鬼に陥ったヴェラがロンバートを撃った。そこへ死んだはずの判事(バリー・フィッツジェラルド)が姿を現した。余命いくばくもないと知った彼は、罪に問われなかった殺人者を自分の手で殺すことにしたというのだ。ヴェラの前には首吊りの輪が下がっている。そこへロンバートがくる。彼は犯人に気がつき、ヴェラと芝居をうち、判事に真相を喋らせたわけ。観念した判事は毒を仰いで死ぬ。この結末がものたりない。彼は生来の快楽殺人者だが、正義の使徒としては本性を隠し罪人に死刑を言い渡すことで殺人願望を果たしていたサイコ男なのだ。クリスティは自ら戯曲化するときに改稿した。もともとは、判事が全員を殺した後、事実を書き残して自殺、ボトルに入った告白文で警察は事件の全容を知る、となっていたが、「アクロイド」に続き最後の1ページで犯人の自白・自死による解決はまずいと考えたのだろう、男女二人を生き残らせ、しかもハッピーエンドにするというラストに変えた。映画化作品はみな舞台の脚本を踏襲している▼周知の物語にもかかわらず再三再四の映画化は、まるでミステリーの「忠臣蔵」だ。そこにあるのは批評を排除するエモーショナルな興奮。狡くて小賢しく、うまく立ち回って金を手にした、ごくありふれた人々、勇気、自己犠牲、寛容、博愛など薬にしたくもない人物をちりばめながら(だからどうだっていうのよ)と言わんばかりに、ありふれてなどどこにも見当たらない、スペシャル人間劇をクリスティは創出する。イギリス出版界の伝説となった「クリスマスにはクリスティを」は、彼女亡き後40年以上の今日も、これからも、彼女を愛するファンによって受け継がれていくに違いない。

 

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