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特集 LGBTー映画にみるゲイ

2020年7月14日

特集「映画に見るゲイ13」317 
ロニートとエスティ/彼女たちの選択(下)(2020年 LGBT映画)

監督 セバスティアン・レリオ

出演 レイテェル・ワイズ/レイチェル・マクアダムス/アレッサンドロ・ニヴォラ

シネマ365日 No.3264

わが子への贈り物 

特集「映画に見るゲイ13」

帰宅したドヴィッドは妻の姿が見当たらないことに胸騒ぎがする。「遅くなってごめん」エスティが帰ってくる。「またロニートと? 真実を聞きたい。僕たちはどうなる」「努力したわ」「何が望みだ。また傷つくだけだぞ。彼女は仲間や男の元に帰る。話してくれ。どんなことでも聞く」「ラビの死を知らせたのは私よ。彼女に来てほしくて。私が望んだの。子供の頃からずっと彼女を求めていたの」。ロニートはドヴィッドに「今夜のフライトで帰るわ」「よかった。何よりだ」。ロニートがニューヨークに帰ってしまえば何とかなるだろうとドヴィッドは思った。空港のベンチで世を明かしたロニートのケータイにドヴィッドから連絡。「エスティが帰ってこない」ロニートはUターン。エスティはロニートと過ごしたホテルの一室にいて、あることを確認した▼エスティとドヴィッドとロニートの三人がいる。エスティが口火を切る。「私を自由にして、ドヴィッド。妊娠したの。私たちは別れるべきよ。この町に生まれた私には選択肢がなかった。子供には選択の自由を与えたいの。自由をちょうだい」「ダメだ」ドヴィッド拒否。三人は葛藤を抱えながら追悼式に。ラビの後継者としてドヴィッドが壇上に立った。型通りの哀悼の辞を述べかけたが詰まった。苦しそうに、でも自分の言葉で参列者に問いかけた。「ラビは律法の巨人でした。でも倒れた時は巨人ではなく人間でした。彼は天使や獣の欲望について説き、最後に言ったのです。人間には選択の自由があり、重い責任を伴うと」そして並んでいるロニートとエスティに「あなたは自由だ。自由なのです。私に託された誉れある責務はお受け出来ません。私にはまだ理解が足りません。お許しください」そう言って追悼の式場を出ていった。追って出たエスティはドヴィッドを抱きしめた。それを見るロニートをドヴィッドが手招きした。三人は抱き合う。いつもそうであった親友同士のように▼タクシーが来た。簡単な挨拶を交わしロニートは車に。走り出した。「ロニート、待って」エスティが走ってくる。車を止め、エスティを中に入れ、どっちももう、うわ言のように愛している、愛している…「エスティ、あなたはいい母親になるわ」「連絡して」「いいわ」。先ほど式場の片隅でロニートが小声でエスティにこう言っていた。「ニューヨークにこない? 一緒に住めばいい」。エスティは妊娠していなければドヴィッドとの決別を口にしなかったと思うのです。しかし生まれてくる子供が、自分と同じように選択の自由が束縛されるとしたら…それを取り除くことが親としてできる最大の贈り物ではないか。エスティはニューヨークに行くでしょう。ドヴィッドは潔く送り出してくれたのだから。彼の戒律への献身こそ次期トップにふさわしい。女たちとは生きる道が違うのです。いいじゃない、男らしくて。女はどだいラディカルなのです。ドヴィッドは言っていました。「私にはまだ理解が足りません」って。それぞれが迷いの中にいたけれど、仕切り直しできてよかったと思う。空港に着く途中、ロニートは父の墓に立ち寄る。「パパ、さようなら」。父は究極のところで娘を許していたと思えます。であればこそ、冒頭で「選択の自由」を説く恩師の言葉がドヴィッドを動かしたのです。別れを告げるラストシーン、セバステャン・レリオ監督の「ナチュラルウーマン」に共通していると思いませんか。人は時としてきっぱりと過去と決別しなければならぬ。それによって新しい人生の幕が上がるのだから。

 

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