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特集「幾億の星と幾千の月のシネマ・パラダイス」

2020年7月20日

特集「幾億の星と幾千の月のシネマ・パラダイス1」⑤ 
張込み(1958年 ヒューマン映画)

監督 野村芳太郎

出演 大木実/高峰秀子/田村高広/宮口精二

シネマ365日 No.3270

燃やした命 

特集「幾億の星と幾千の月のシネマ・パラダイス1」

質屋殺しの共犯・石井(田村高広)に、「3年前故郷(くに)を出る前に別れた女がいる」と知った二人の刑事、柚木(大木実)と下岡(宮口精二)が佐賀に向かう。昭和33年、東京駅から佐賀まで急行夜行列車「さつま」で20時間。夏だった。満員の列車で柚木と下岡は床に新聞を敷いて座る。蒸気機関車の鉄輪が地鳴りのように伝わる。エアコンなどない。窓を開けて夜風を入れるのだ。煙を吐き汽笛を鳴らして驀進する夜汽車は、戦後の復興を無我夢中で突っ走ってきた日本そのものだ。女の名は横川さだ子(高峰秀子)。20歳年上の男の後妻となり、3人の小学生くらいの世話をしている。横川の家の向かいの木賃宿の2階から女の動きを見張る。「子供たちとはうまくいっているらしい」とわかる。洗濯物を干し、風呂を炊き、銀行勤めの夫を迎え、翌朝子供たちは7時半、夫は8時20分に送り出す▼さだ子が日傘をさして出かけた。「昼食の支度だな」柚木が尾行する。市場は人で賑わい「港町13番地」が流れる。張り込みながら感じた女の様子は「物静か、というより平凡そのものの女が、殺しやタタキをする男と?」柚木はいぶかしむ。彼には恋人がいる。うまくいっていないが、さりとて見合い話を受けるのもためらっている。張込み二日目。夫は出掛けしなに「今日の分だ」と現金を渡す。女は廊下を雑巾がけ。玄関、家の周りを掃く。「2時間も掃除するのですよ」感心する柚木に「亭主がうるさいんだよ」と下岡。ポストにある郵便物をさだ子が取りに出る。数通の中から一通をエプロンのポケットに収める。「あの女に恋愛経験があるなんて考えられませんね。死ぬか、生きるかの、追い詰められた男が会いに来る女でしょうか」柚木には疑問だ。さだ子の評判はいい。「あの旦那には出来すぎた奥さんですよ。一日100円しか渡さないんですよ」と近所の主婦が耳打ちする。張込みが限界に近づいた時女が動いた。柚木と下岡が二手に分かれる。バスに乗った男と女を柚木はタクシーで追う▼途中、車を捨て、何度か見失いかけながら二人が川辺で腰を下ろす場所に追いついた。女が笑っている。「何があんなに楽しいのだ」。うって変わった女の表情に柚木は戸惑う。「今の生活、表面的には幸せだわよ。でも毎日毎日が、体がだるいような、張り合いがないというか。そうね、3年前、私がついていけばよかったのね。でもあなたと別れても何とか生きていける気がしたのよ」。男「3年間、東京で働いたよ。何でもあるんだ。大きな建物が、夜になるとネオンに輝やいて」「今度はあんたと一緒に行く」「3年前とは違うのだよ。ダメなのだ」「どんな話を聞いても私の気持ちは変わらないわ。横川には帰らない」。女は強引に男を求める。草むらの影から見ている柚木は女の変わりように呆然。二人は立ち上がり温泉宿に向かった。応援を頼んだ下岡と佐賀署の警官が到着した。「女は事件に関係ありません。情婦でもありません。女の処置は私がやります」と柚木▼先に風呂から上がってきた石井を下岡が逮捕。部屋で待っていた柚木に女は驚くが、窓から手錠をはめられた石井がパトカーに乗るのを見て崩れ落ちる。「奥さんはすぐバスで帰りなさい。今ならご主人が帰る時間に間に合う。あと15分です。これはバス代です」いくばくかの金をおいた。警視庁に戻る柚木の独白。「この女は数時間、命を燃やしたにすぎなかった。明日からはケチな亭主と子供たちの生活に戻る。そしてあんな情熱が潜んでいたとは思えない、平凡な姿でミシンを踏むだろう」。柚木は佐賀駅で恋人に電報を打った。「ユミコ、ガンバロウ。カエリシダイ、ケッコンシヨウ」。柚木はさだ子が哀れだったのだろう。違う生き方ができてもいいはずだった。また人生にはそれを求める価値があるはず…。東京行き夜行列車は佐賀駅から、ゆっくりと巨大な鉄輪を回して滑り出した。

 

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