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特集「ベストコレクション」

2020年8月7日

特集「精霊流し8月のベストコレクション」⑦ 
9人の翻訳家(下)(2020年 ミステリー映画)

監督 レジス・ロワンサル

出演 ランベール・ウィルソン/オルガ・キュリレンコ

シネマ365日 No.3285

文学を愛しています 

特集「精霊流し8月のベストコレクション」

少年アレックスは村の本屋の主人フォンテーヌに自作の原稿を読んでもらった。「傑作だ、出版するといい。出版社を紹介する」とエリックの会社を挙げた。あそこは文学をないがしろにする商業主義だ、とアレックスが批判すると、彼はプルーストの「失われた時を求めて」を出し「出版社によってこの本の値打ちが変わるとでも? ページを開いたら世界が溢れ出す。物語は全てを圧倒して私たちの心で永遠に生き続ける。文学の力を信じなさい」。アレックスは妥協案として「あなたが書いたことにしてください」と頼む。二人はペンネームをオスカル・ブラックと決めた。「デダリュス」完結編によって立て直しを意図するエリックは完成原稿をフォンテーヌのところに取りに来たが「渡せない、君の出版の姿勢に疑問がある、他の出版社にするつもりだ」と聞かされ、フォンテーヌを階段から突き落とし、瀕死の彼を見殺しにして火を放つ▼再び刑務所のシーン。「あれは僕が書いた」というアレックスの言葉を、エリックは激しく否定する。原作者がいるはずはない「なぜなら彼は私が殺した」。「それが聞きたかった」。アレックスは盗聴器から手を離していた。エリックの告白を聞いた刑事たちは面会室に駆け込む…という復讐劇なのです。文学への愛を教えてくれたフォンテーヌを殺したことを許せなかった…エリックは拝金主義の嫌な男ですが、アレックスにもどこか釈然としないのよね。傑作だ、出版しろというフォンテーヌに「才能があると証明されたらそれでいいのです」なんて言っている。この点については、私、拝金社長の肩を持つわ。幻の名作は確かにある。「持ち込まれる原稿で本になるのは1%、売れるのは10%、ベストセラーは2冊」そんな出版競争の中で自社を「成功させた」エリックは、人格的にペケだけど、本は読者のためにある、価値を決めるのは読者だという視点は間違っていないと思える。エリックの市場を相手にしない、孤高かもしれないがどこか納得するのが難しい淡白な態度がこの映画を弱くし、もう一つ、翻訳者たちの個性が際立っていない恨みがあった。それぞれ「デダリュス」にのめり込み、翻訳することを誇りとしている。カテリーナなんか、衣装までレベッカ(同作ヒロイン)と同じものにし「戦闘服よ」と、並々ならぬ決意で翻訳を世に問おうとしているのである。そんなキャラがあっさり殺されてしまい、騒々しい殺人騒動のうちに物語は「書いたのは僕だよ」で幕引きだ。文学への愛のひとつは、本物を送り出そうとする出版者の情熱と、自分の作品が社会への扉をこじ開けられるかどうか、それに向き合う作者の執念だろう。その核心がただの意趣晴らしにすり替わってほしくなかった。むしろ部外者のローズマリーの、本と翻訳者への共感が言わせた「文学を愛しています」の言葉が清冽だった。

 

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