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特集「最高のビッチ」

2020年8月26日

特集「最高のビッチ12」⑧ 宮沢りえ2 
紙の月(下)(2014年 事実に基づく映画)

監督 吉田大八

出演 宮沢りえ/池松壮亮/小林聡美

シネマ365日 No.3304

拍手を惜しまない 

特集「最高のビッチ12」

梨花に引導を渡すのは上司でも警察でもなく、隅である。演じた小林聡美がいい。横領もみ消しの善後策に役員や課長はあたふたと別室に去り、隅と梨花だけが部屋に残された。沈黙を破って隅が話しかける。「どこかに土地でもないの。全額返済すれば刑事訴訟だけは免れる」。梨花はキッと睨み「ずるいのじゃ、ないですか。今さらやさしくするなんて。自分より私が惨めだから?」「あら、あなた惨めなの。そうなの?」。聡美姉御の口調が変わる。「私、あなたをずっと見ていた。なんでこんなことするのか、自分だったらどうするかも考えた。なんでもやれるとしたら何をするか。徹夜くらいしか思い浮かばなかったけどね。一度も出来なかったの。翌日に響くから。あなたはしたでしょ。何千万も使ってしたいこと、したでしょ。そこに座って私を見て、惨めな人間だと思うのはあなたの方じゃないの?」▼梨花は「何もかも偽物だったから壊れても壊されてもいいと思ったら体が軽くなった」と告白します。彼女の横領に理由らしい理由があるとしたらたぶん、これでしょう。自分の逮捕、身の破滅などどうでもよくなっていた。犯罪という意識すらあったのかどうか。中学生時代(ミッション系お嬢さん学校のようでした)途上国の恵まれない子供たちを支援する「愛の子供たち」という支援活動が行われ、梨花は父親の財布から5万円を盗み寄付します。「一部の生徒が救済に大金を寄付したから、この事業は打ち切りとします。こういう行為は慎ましく行うべきです。ひけらかしは恥ずべき行為です」とシスター。梨花は手を挙げ「わかりません。何がいけなかったのですか。最初こそみな、競って寄付したけれど時間とともに誰もしなくなった。私は止めた友だちに代わって義務を遂行した、お金は父のお財布から盗りました。私はあの子たちが喜んでいると思うと幸せなのです」。同じ感覚が大人になった彼女にも通底している。隅はそうは思わない。自分の幸福感のためなら「横領してもいいの? お金盗んで好き勝手に使って、信頼してお金を預けてくれた人を裏切ってもいいの。それが自由? 確かに偽物ね、お金なんて。ただの紙なのだから。でもだからお金じゃ自由になれないわ。あなたが行けるのはここまで」先はない、突き当たりまで来たのだと。梨花は椅子で窓ガラスを打ちやぶり、身を乗り出す。隅を振り返り「一緒に行きますか?」そして飛び降りた。梨花は逃亡先のタイ、屋台がひしめく通りで、店でリンゴを売っている青年に出会います。左ほほに傷があった。昔、自分の支援金にお礼の手紙と写真と送ってくれた子供だった。彼がいる世界は偽物か、本物か、梨花の思考は途切れ群衆の中に紛れ込んでいった。梨花の浪費は男のためというより、自分のアイデンティティを確認するためだった。腕時計一つで優位を示そうとする夫、女子行員の未来まで裁量できると錯覚するたかが上司。金を遣わすだけ使って大学をやめ、他の女に乗り換えた愛人。ダメ男ばかりに囲まれ、うんざりしていた環境で使いまくった金は生命力にあふれ、なんと清潔だったことか。偽物の世界で梨花は初めて全知全能を絞り尽くした。フェイクを扱った傑作は多いです。アンドレ・ジッドの「贋金作り」、パトリシア・ハイスミスの「太陽がいっぱい」、贋札造りに命をかけて捕虜仲間を救おうとする「ヒトラーの贋札」。彼らは本物以上の価値を偽物に見出した男たちでした。そもそもアートとは作り物なのだ。ほとんどが男性主人公だった贋作の世界にヒロイン登場。拍手を惜しまない。

 

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