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特集「ベストコレクション」

2020年9月21日

特集「遥けき空鳥渡る9月ベストコレクション」② 
屋根裏の殺人鬼 フリッツ・ホンカ(下)(2020年 事実に基づく映画)

監督 ファティ・アキン

出演 ヨナス・ダラー

シネマ365日 No.3330

アキンの「すれすれ」 

特集「遥けき空鳥渡る9月ベストコレクション」

ファティ・アキン監督には「愛より強く」「そして、私たちは愛に帰る」「ソウル・キッチン」「女は二度決断する」などがあります。みなやるせなくなるほどの佳品だ。共通するのはヒロインの運命が一瞬で変わること。「愛より強く」では本作に負けず劣らずの、不潔な部屋に起居する男が登場する。監督は「汚らしさ」に、ある種どうしてもまっとうになれない精神の歪みを見ているようだ。「そして、私たちは…」は泣くにも泣けない悲劇である。恋人を救いに、イスタンブールへヨーロッパ大陸を横断してまで行った女子大生が、子供が撃った拳銃であっけなく死ぬ。母親は涙も出ない。彼女(恋人は女性)に出会わなければ、イスタンブールになど行かなければ…後悔は押し寄せるが、寸時の判断で娘の運命は狂ったのだ▼「女は二度決断する」も過酷だ。幸福な家族はテロが店の前に置いた爆弾によって砕けた。夫と息子が殺された。ヒロインには法の裁きなど通用しない。犯人はなんであんな場所に爆弾を置いたのだ。彼女の復讐は、肉を切らせて骨を斬る壮絶な相打ちである。「ソウル・キッチン」はコメディのかすかな意匠が仄見えるが、主人公が不運に次ぐ不運で人生を失墜していくプロセスは、不幸の連鎖を描くファティ・アキンの作品以外の何物でもない。彼らは一瞬の岐路に立って命を落とし、未来を狂わせたのだ。ひどい目にあってショックから立ち直れない人はたくさんいる。人生の暗部に吸い込まれ、ホンカになってもおかしくなかった主人公たちだ。正気と狂気がいつひっくり返るかもしれない、すれすれの線上にいることは、異常でも異端でもなく、人が考えるより日常的なのだ。ホンカの行為は地獄だが、妄想することはハッピーだった。偶然出会った若い綺麗な高校生にのぼせ上がり、彼女が肉屋の処理場で床にへたりこみ、生肉を貪り食う幻想に酔い至福の境地に浸る。私たちは人殺しこそ妄想しないが、甘い、幸福感を誘う妄想はする。それだって「すれすれ」の線上に位置していないと、自分のセルフコントロールが絶対にピントを狂わさないと、誰が断言できるだろう▼ファティ・アキンが暴きたてたホンカの狂人ぶりはぞっとする。最低最悪のクソ男。ホンカが死んでしか、熄むことのなかった殺人。「冷たい熱帯魚」は殺しも解体も、金目当ての殺人という、まだ目的だけでもあった。ホンカにあるのは汚らしさに限りなく親水していく自我だけ。こんな目を背けたくなる状態が人間の抱える「すれすれ」の位置だとしたら、それを突きつけたことこそが本作の、ファティ・アキンの面目だろう。

 

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