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特集「美しい虚無-妄想映画の魅力」

2020年11月21日

特集「美しい虚無12」⑥ 
ヤコブへの手紙(下)(2011年 社会派映画)

監督 クラウス・ハロ

出演 ヘイッキ・ノウシアイネン/カーリナ・ハザード

シネマ365日 No.3391

私は許されるでしょうか 

特集「美しい虚無12」

手紙が来なくなった。張り合いを失った牧師は精気が抜け妄想にとらわれる。結婚式に遅れてはいけないと教会に行くが空っぽ。牧師は居もしない新郎新婦と参列者の前で祝福を唱える。レイラのイライラは沸騰する。連れて帰ってくれと頼む牧師を罵倒し、置き去りにして乱暴に荷物をトランクに詰め込むとタクシーを呼んだ。雨だった。タクシーに乗り込み、どこまでと聞かれたが答えられない。行き先はない。自分の孤独を思い知り、レイラは首を吊ろうとしたが、濡れ鼠になって牧師が帰ってきた。気配を伺い「レイラ、まだこの家にいてくれたのかね」と喜ぶ。翌日、レイラは配達人を捕まえなぜ手紙を届けないのと責める。「ないものは届けられん」「明日は必ず来て牧師に声をかけて」と言って返す。牧師は一人語りのように「自分は神のために役立っていると思っていたが、手紙はどれも私のためだったのだ。神が与えてくださっていたのだよ。全ては私を天国に導くため」▼そんなことはレイラの理解力の範疇を超えていたが、牧師が哀れだとはわかった。「ヤコブ牧師、手紙ですよ」と配達人の声がした。彼はおずおずとファッション誌をレイラに手渡す。レイラはいつものように裏庭で牧師と座り、雑誌のページを破る音を立てて開封の真似をした。「相談事は、逃げた犬が戻るよう、お祈りを」「住所はわかるかい」「いいえ」急いで付け加えた。「もう一通あるわ」レイラは自分の身の上を語り始めた。「ヤコブ牧師。神や恵みの話を聞きました。母は赤ん坊の私が眠るベッドのそばに立って暴力を振るう人でした。姉は私をかばい、私の身代わりに殴られました。姉は私が大きくなった後も私を守ってくれました。彼女が嫁いだ人は暴力亭主で、四六時中姉を殴り、疲れると休み、また殴るのです。木陰から見ていた私は怒りが爆発し家に入って夫を刺し殺しました。でも姉は夫を愛していたのです。私は姉を救うつもりが夫を奪うことになりました。私は許されるのでしょうか。教えてください」「レイラ、君のことだね。許すか許さないか私にできることではないが神はなんでもできる。見せるものがある」▼牧師は分厚い手紙の束を持って引き返し「恩赦の申請は私かと聞いたね?」と差し出した。手紙にはこうあった「ヤコブ牧師。同じことを何度もお願いしてすみません。妹のことが頭から離れないのです…」姉のリーサだった。「読んでいなさい。紅茶でも入れよう」。「妹は私の苦痛の唯一の理解者です。刑務所に面会に行っても応じません。手紙は開封されず戻ってきます。二度と会えなくても暮らしぶりも知れない何て耐えられません。たった一人の妹です。どこかで平穏に暮らしているのでしょうか。それさえわかれば安心できます」。牧師がなかなかもどってこない。牧師館に引き返したレイラは倒れている牧師を見た。牧師の遺体が引き取られる日、レイラは牧師館を後にした。行くあてもなかったが、今は違う。手紙にある住所はヘルシンキだ。リーサ・ステーン。姉を訪ねてみよう。レイラの眼差しにかすかに光が宿った▼生きる力を失った牧師がレイラの偽手紙によって「神に導く道具」としての自分の役目を取り戻し、レイラはレイラで偽手紙に託した告解によって愛する人の存在に気づく。牧師とレイラはコインの裏表のように閉ざされた世界を共有していました。幸福も豊かさも努力も論じないが、人生は生きる価値がある、愛する価値があると映画は語りかける。シンプルで夾雑物のない、清潔な作品です。

 

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