女を楽しくするニュースサイト「ウーマンライフ WEB 版」

  • facebook
  • twitter
  • line
  • rss

特集「銀幕のアーティスト」

2020年12月11日

特集「銀幕のアーティスト12」① 
エッシャー 視覚の魔術師(上)(2019年 ドキュメンタリー映画)

監督 ロビン・ルッツ

シネマ365日 No.3411

循環、変容、無限 

特集「銀幕のアーティスト12」

初めてマウリッツ・コルネリス・エッシャーの作品を見た時から今までいつも思ってきた。「どうしてこんな絵が描けるのだろう。なぜこんな絵を描いたのだろう」。厳密に言えば絵ではなく版画だが、そんなことはどっちでもよかった。人を引きつけながら、同時に寄せ付けない作品がこの世に生まれたことが奇跡だと言って自分を納得させてきたから、それ以上の質問はなかった。このドキュメントを見ても同じだった。「なぜこんな絵を描いたのですか。なぜ描けたのですか」。バカの一つ覚えみたいな質問にでも初めてエッシャーは答えてくれた。「美しく作ろうとして作った作品は一つもない。芸術仲間と話していてもどこか違和感がある。彼らが美しさを求めているのに対し、私は驚異だけを求めるからだろう」

 Q「なぜこんな作品を作れたのですか」

 A「転機はアルハンブラ宮殿のムーア人の作ったタイルの壁面に魅了されたことさ。一定の法則に従い同じ模様を反復している。床や壁のモザイクは同じ考えに基づいて創られていた。でも気がついた。ムーア人は魚、鳥、爬虫類など自然のものを使わなかった。私には一目でわかるものが重要なのだ。内なるイメージに目を向けた。敷き詰め模様を地質学者の兄に見せたら、私は結晶学を二次元で表しているらしい。平面の正則分割を作品に活かせそうだと思った。限られた平面の上で終わりのない循環を表現する作品を初めて作った」

 Q「上昇と下降」ですね。

 A 「そうだ。立体的な男たちが階段を降りている。進むにつれ男たちは立体を失い、底面の敷き詰め模様に吸収される。男の形は単純化され菱形になっていく。白、灰色、黒の菱形が立方体を作りだし再び立体的になる。立方体はブロックから家に変わる。人工物である家から男たちが現れ、永遠に循環するのだ」

 Q「反響はどうでした」

 A「知人たちの反応を見ていると奇妙すぎて判断に迷うようだった。私が情熱を注いだにもかかわらず、その反応は労力に見合っていなかった。数学的関心が強すぎて芸術と呼べなくなっているのかも。展示会は失敗だった」

 Q「次々形を変えるメタモルフォーゼが作品の中心になっていきますが」

 A「子供の頃連想遊びが好きだった。Sといえばスカイ(空)、空は鳥、鳥は魚、葉は木、木は庭、庭は犬、犬はしっぽという具合に。連想遊びを視覚化してみた。正六角形から蜂の巣、そして蜂、蜂から魚、魚の背景から鳥に変わる」

 Q「創作の原点にあるのは変容と循環と無限ですね」

 A「そうだ。荒唐無稽に見えるが遊び心があるだろう。連続遊びを最も表現できるのはアニメだ。アニメは将来優れた芸術表現となるだろう。白雪姫やミッキーより重要なテーマを扱えるはずだ。ディズニーがつまらないと言っているのではないよ」

 Q「あなたの作は不気味で暗く人を寄せ付けない。特に『眼』は気味悪い」

 A「『眼』を作った動機は、人間の眼に対する漠然とした関心からだ。我々が他人を見ているとき、見ている自分の姿が映っている。そこで頭蓋骨を鏡のように眼に映してはどうかと考えた。望もうと望むまいと私たちは死を見ている。その死も私たちを見ている」

 

あなたにオススメ