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特集「銀幕のアーティスト」

2020年12月13日

特集「銀幕のアーティスト12」③ 
フジコ・ヘミングの時間(上)(2018年 ドキュメンタリー映画)

監督 小松壮一良

シネマ365日 No.3413

また会える別の場所 

特集「銀幕のアーティスト12」

 フジコ・ヘミングは自分が弾く「ラ・カンパネラ」についてこう言っている。「この曲を初めて聴いたのは10歳の頃、日比谷公会堂でレオニード・クロイツァー(彼女の先生)がいつも弾いていた。あまり美しい音色に感激したことを今でもはっきり覚えている」が、自分で弾き始めたのは指の練習のため、ヨーロッパに行ってからだった。弾き方を批判する人もいるけど「他のピアニストの“カンパネラ”と比べてほしいですね。誇りを持って言います。いくらごまかそうと精神面が全部出ちゃう。あの曲は死に物狂いで弾く曲だから日々の行為と精神が出ちゃうのですよ。わかる人にはわかる。わからない人にはみな同じに聴こえちゃう。少しくらい間違えたっていいのよ。ルービンシュタインもバケツいっぱい間違っていると言っている」▼傲慢に聴こえないのが不思議だ。日記をつけるのが好きで子供の頃から描いた絵日記は笑いを誘う。ピアノ教師だった母親のレッスンは厳しく、しぶしぶピアノの前に座る。でも「母が大阪弁で一日中、私のことを“アホ、アホ”と怒鳴りちらすから、40歳頃まで自分はアホなのだと思っていた」。父がスウェーデンに帰国した後、女手ひとつで二人の子供を育てた母親だ。ヨーロッパを転々として掃除婦やピアノ教師をしながら食いつないでいたフジ子は母親の死に帰国していない。会えないほど辛かったのだ。感性という言葉では言い足りない、彼女の深い情愛が日々の暮らしのすべてににじみ出ているのがこのドキュメントでよくわかる。猫や犬に注ぐ愛情は人対動物ではなく、人対人以上だ。パリの街角で、ロスのストリートで、ホームレスに出会うと必ずお金を渡す。「神様が姿を変えているのかもしれないから」。屈託がない。ぷかぷかタバコは吸うし、コーヒーに砂糖はドボン、夜更かしなのは、普通の人の倍ほどもある分厚い手で、レッスンするのが大抵夜だから▼一日4時間の練習は「明日のためにずっと続けてきたこと」。「明日のために」という言葉は重い。コンサート直前に両耳が失聴した時は「もうおしまい」と絶望し、誰も知らないところに行きたいと、父の祖国スウェーデンのストックホルムに移り住み、大学病院で治療に専念した。そんな時も「聴力を失ったおかげで他の感性を磨くことができた。ピアノを弾くことをやめなかったから今の私がある」。人生なんて人に相談しても仕方のないことがたくさんある。だから口をきかない猫や犬が好き。彼女はタフだ。世界中を飛び回り年間60本のコンサートをする。ある年の北南米ツアーは5カ国10公演を一ヶ月で敢行した。80歳を超えた今でも2ヶ月間で12都市、18本のコンサートを開いた。マネージャーはいない。全部自分でマネジメントする。つまり全部自分の納得済みで働いてきた。でも「あと何回できるかなと心配になって暗闇を手探りで歩いている気持ちです。でもやれるうちはやらないと。あれだけ大騒ぎされたから」。大騒ぎというのは1999年、テレビ局のドキュメント「フジ〜あるピアニストの軌跡〜」報道後のブレイクを指す。「年中考えています。お母さん、どうしているかなと、ホテルにいてもお祈りしている。みな生きていると信じているからまた会えると」。彼女にとって死は終わりではなく「また会える別の場所」なのだ。

 

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