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特集「銀幕のアーティスト」

2020年12月14日

特集「銀幕のアーティスト12」④ 
フジコ・ヘミングの時間(下)(2018年 ドキュメンタリー映画)

監督 小松壮一良

シネマ365日 No.3414

不死鳥 

特集「銀幕のアーティスト12」

念願叶ってドイツに留学した時、他の留学生は金持ちの特権階級か、政府の公費留学生ばかりだった。「あなたが弾いている姿はクマの子みたい」と言われたことがある。褒め言葉ではなかったのだろうが、うまく言ったものだと思う。今でも彼女がピアノに座ると、背中をかがめ、ムスッと唇を引き締め、閉じているのか半眼なのか、視線はどこに定めているのかわからない。音だけが生き物のように流れ出る。若い時からこうだったに違いない。初めて彼女のピアノを聴いたのは、つけっぱなしにしていたテレビからで、このバカ力の演奏は誰がしているのだろうとびっくりして見に行ったら「クマの子」のようなフジコが弾いていた。とにかくその力強さに肝を潰した。難聴が彼女の力を引き出したのではないかとさえ思う▼右の耳は聴力を失い、左の耳は40%まで回復した。が、時々指揮者との息が合わない時がある。音が聞き取りにくい時があるのだ。何度もリハーサルを繰り返し、そこの音をもう少し強く振って欲しいと頼んでいた。ピアニストにとって致命傷になるアクシデントも「何かを信じて乗り越えていくしかないのよ」。彼女の言葉に、およそ愚痴や恨みごとがないのは、自分とは違う世界観や人生観があることを受け入れてきたからだ。寛大であること。違いを認め合うこと。ダイバーシティの原則を彼女は皮膚感覚で理解してきた。くだらない偏見に負けてはダメ。人は人、自分は自分。夢や希望を持っていれば強くなれるし、必ず壁を乗り越えられる。それは子供の頃からハーフであることで差別とイジメを受け、その分、人の支えや友情に涙して生きてきた彼女だから言えるのだ。マイノリティであることは彼女の人生の出発点だった。パリでフジコはゲイの青年の結婚の証人になった。彼らはフジコが留守中、犬や猫の世話をしてくれている。恵まれない人々へのチャリティも、動物への保護活動も、理由は「他人事でないから」。人生はうまくいかないのが当たり前、どん底で足掻いていても、諦めなければ突然、夢が叶う時がやってくる。すべて経験から出た言葉だから素朴だ▼本作には「ラ・カンパネラ」のほか、フジコが好んで弾く曲を多く収録している。モーツァルトの「ピアノソナタ11番」(トルコ行進曲)はダイナミックな腕力に叩き起こされる。弾き終わったフジコは和服をアレンジした紫色のたっぷりしたドレスと、赤いベルト(帯)をしめてボソッとピアノの側に立つと、左手で身を支え、ゆっくりと一礼した。微笑んでいるような、いないような、もし不死鳥というものがいるなら、それが飛び去った後、人はこんな表情で見送るのではないかと思った。

 

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