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特集「銀幕のアーティスト」

2020年12月15日

特集「銀幕のアーティスト12」⑤ 
ダンシング・ベートーヴェン(2017年 ドキュメント映画)

監督 アランチャ・アギーレ

シネマ365日 No.3415

希望は常に勝利だ

特集「銀幕のアーティスト12」

「第九交響曲」をバレエで舞台化した壮大な企画です。オーケストラと合唱団、ソリストの歌手4人、ダンサーを合わせ350人という大編成だ。振り付けはモーリス・ベジャール。1927年マルセイユ生まれ。父は哲学者ガストン・ベルジュ。スイスのローザンヌでモーリス・ベジャール・バレエ団を主宰した。今回の公演の監督はベジャールの後継者、ジル・ロマン同バレエ団芸術監督。東京バレエ団が共演する。▼ロマン監督によれば「第九はベートーヴェンが人類に向けて語りかける手段だった。モーリスの舞台化した第九には我々を前進させる力がある」。つまり、テーマは「喜び」であると明快に定義しました。シラーの詩に、ベートーヴェンが作曲したとき、彼は聴力を失い、自殺の淵を彷徨した。苦悩を突き抜け歓喜へ。これは人類の未来へのメッセージだ…▼12世紀の修道士アンリ・ド・ローザンヌは、世界には善と悪の創生主がおり、現世は悪につかさどられている。差別、貧困、戦争、病気。矛盾と闘争が繰り返される時代に、「第九」を踊るのはどんな意味があるのかという大きな設問が投げかけられます。指揮するのはズービン・メータ。イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督。インド出身の大指揮者です。彼は「人生の土台には喜びがある。第九には“善”が美しく輝く。そこに描かれるポジティブな未来は理想世界だ。間違いなくベートーヴェンは、人類はみな兄弟という汎世界的な思想を持っていた。音楽は人間を幸福にするためにあると。今は過去300年の中で最悪の時代だ。シリアとイラクで起きていることは容認しがたい。シラーの愛と平和のメッセージは全世界に向けた理想の表明で、第九が訴えているのはこの理想を共有する音楽の力だ」。評論家・三浦雅士さんは、ベジャールが深く日本文化を理解しようとしていたことを挙げ「禅宗は彼にとって特に重要だったと思う。アジアの文化運動のエッセンスであり、インドから中国を経て日本で完成された。ベジャールは日本を高く評価しアジア思想の源流を保存する冷蔵庫のようだ」と例えていたことを紹介している▼バレエ化の背景にある思想的な深みが述べられることは、このドキュメントの一つの柱だろう。しかしもう一つの柱はダンサーたちのレッスン風景だ。そこにある肉体の極致が圧倒的な迫力で迫る。彼らには関節がないのかと見まごうしなやかさ。180度垂直に上る脚。アップになると激しく鼓動している筋肉がわかるが、踊る姿は妖精であり、精霊であり、アポロンでありヴィーナスだ。ダンサーたちの第九の解釈は雄大だ。ジュリアン・ファブローは「第九は大地と空のコントラストだ。太陽であると同時に動物的で大地を感じさせる。それを伝えたい」。厳しいレッスンに対してカテリーナ・シャルキナ(妊娠がわかり降板したが)「脚の間隔がなくなって頭が空っぽになる感覚が好き。クタクタになるのが快感なの」。忘我状態にまで至らせるのである。指導者層による第九の解釈もさることながら第一線で音楽を視覚化した一流ダンサーの動きはどんな言葉より雄弁だった▼本作のナレーションを受け持つ、女優であり、ジル・ロマン監督の娘であるマリヤ・ロマンの言葉で締めくくろう。「神と悪魔の王国は別々にあるとアンリ・ド・ローザンヌは言ったが、私には同じ場所だと思える。どちらも私たちの手の中にある。殺戮にも創作にも使える手。たとえ世界を救えなくとも美は人間に必要なもの。私たちの夢と才能と献身の結晶だ。芸術作品は人の心を慰め励まし続ける。大聖堂や灯台のように聳え、忘れた人類の明るい道標となる」。そうだ、ベジャールも言っている「希望は常に勝利である」と。

 

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