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特集「銀幕のアーティスト」

2020年12月17日

特集「銀幕のアーティスト12」⑦ 
クリムト エゴン・シーレとウィーン黄金時代(下)(2019年 ドキュメンタリー映画)

監督 ミシェル・マリー

シネマ365日 No.3417

異域の時代 

特集「銀幕のアーティスト12」

フロイトは1899年、欲望や衝動の無意識を解読した、新しい時代のガイドブックを発表した。「夢判断」だった。人々は彼の理論によって人間の不合理な部分を内蔵する無意識と抑圧を見出す。当時の芸術家たちはフロイトの影響を強く受けた。エゴン・シーレは抱擁に対する脆さと怖れ、いつまでこの抱擁が続くのか、続けられるのか、画中の男にもわからない、およそ愛も甘さもない絵を描いた。男はすがる女を引き離そうとし、押しのけながらも突き放せない、矛盾したわかりにくい抱擁を入り乱れた色使いで構成した。心の暗部に巣食う不安と暗さにシーレは注目した。彼の絵は風景には人影がなく、描いた樹木は枯れ、背景の夕陽は手の届かない、沈みゆく未来と希望のようだ。複雑な色彩をパッチワークのように組み合わせた絵は、着くはずのない城に向かうカフカ的幻想を掻き立てる▼クリムトの「ベートーヴェンフリーズ」は全長30メートルに及ぶ壁画だ。「第九交響曲」に基づいており、左の壁には「幸福への憧れ」中央の壁には「敵対する勢力」、右の壁には「歓喜の歌」。本作は芸術家仲間からも不評だった。「不貞」「淫欲」「不節制」の隠喩である三人の娘は非難の的で、絵の中に精子、乱視、男性自身、ヴァギナなどがふんだんに含まれる。あまりの悪評にクリムトは二度と国から注文を受けることはなかった。この失敗でクリムトは社会に無関心を示すようになり、そのおかげで女とエロスに集中し、パトロンを得て注文肖像画に移行し、オーストリアのモナリザ「アデーレ」(映画化「黄金のアデーレ」)などを描く最盛期を迎えたのだから、何が幸いするかわからない。シーレの歪んだ、醜い、病的な肖像や女性の絵は彼を時代の寵児とさせた。どうにも美しい作品と呼べないはずなのに、痛めつけられ、世に捨てられ、惨めに横たわる女たちを秒速のスピードで描いたクロッキーや素描には、走り去る時間の船に乗り遅れた女たちの孤独と絶望が張り付いていた。彼女らは時代についていこうとせず、あるがままの自分の姿で、シーレの絵の中で生きるのだ。諦観は一種の解放であり、孤独と引き換えに得た自由だった。その切なさがシーレの世界に人を引きずり込む。静かでいながら強引、強引でありながら詩的、詩的であって頽廃、頽廃であるとともにぞっとするほど傲岸で魅惑的だった▼もう一度「ベートーヴェンフリーズ」に戻りたい。「敵対する勢力」の一部分に怪物がいる。毛むくじゃらな巨体、でかい頭はゴリラのような、クマのような、目が光り鼻の穴が黒い穴のように開き、四角い口からは歯をむき出しているが、歯並びが欠けているのは、獲物を取り逃がした時の怪我みたいで、どことなく愛嬌がある。女たちのひとりは怪物に寄り添い、他の女はやせ細った腕で怪物の肩によじ登ろうとしている。してみると女たちはこの怪物が嫌いではないらしい。女とモンスターの浸潤性はいつか来る新しい女の一局面か。奔放なクリムトの想像力は、世紀末ウィーンという爛熟と衰退の向こうに、白い光りの射す、異域の時代が来ていることを思わせた。

 

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