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特集「昭和のスター列伝」

2021年2月14日

特集「昭和のスター列伝3」市川雷蔵⑭ 
剣鬼(下)(1965年 社会派映画)

監督 三隅研次

出演 市川雷蔵/姿美千子/佐藤慶

シネマ365日 No.3476

雷蔵は血の匂いがする 

特集「昭和のスター列伝3」

城主が急死した。新城主が迎えられることになり藩論は改革派で統一された。斑平は謹慎を命じられた。斑平に暗殺された11人の藩士の遺族は半兵の謹慎処分を不服とし、仇討を訴え出た。斑平は冷静さを失わず、お咲と山麓に美しい花畑を作った。抜刀した復讐者たちが数10人、斑平を取り囲んだ。仇討など筋違いだと制する斑兵を無視。血しぶきと怒号が飛ぶ。1人また1人と斑兵の剣は血を吸うが彼も無傷ではすまなかった。花畑は無残に踏み荒らされた。急を知ったお咲が山麓に駆けつけた時は、川原も川の中も死屍累々。斑兵の死体はなかった。斑兵の勝か世間の勝か、あやふやなままエンドです。殺陣もスーパーヒーローのそれでなく、居合の技をきっちり踏襲しているところがリアルだ▼斑兵の役作りはランニングから始めたと雷蔵は言っています。馬に遅れず、馬を追い抜く走者とはどんな走りをするのか。着物に袴、刀を差してカツラをつけ、わらじで走るとフォームはどうなる。五輪選手のような走りでないことは確かです。自分なりに工夫したと言っていましたが、城主が馬上から振り向くと雷蔵がタタタタ。上体をまっすぐ伸ばし腕を大振りにせず、かなり小股で、忍者のように走ってきます。「忍びの者」シリーズのテクが生きています。それにしてもよく練習したわねえ。しかしもっと苦労したのは居合だろう。なにしろ大映には「座頭市」という達人がいるのだから。開祖・長谷川英信による「英信流」師範のコーチを受けたと聞く。走りにせよ、居合にせよ、雷蔵のキメ細かいアプローチが映画のリアリティを作っている。市川雷蔵が持つ「毒」のようなものが、単なる二枚目から一線を画する。悲しさのようなもの、妖しさのようなもの、今にも崩れそうで崩れない儚さのようなもの。「…のようなもの」としか書けないのは筆力のなさとボキャヒンゆえであるが、雷蔵自身の不定形のフィギュアにもいくばくかの要因はある。よく「カメレオン」と呼ばれる女優や男優がいるが、彼らでさえ雷蔵に比べたらあっさりしている。「うまい」と感嘆はするが、正体がわからない、という不安をかもす類ではない。多分体臭の違いなのだ。役を演じるのではなく、演ずる役が血の匂いを発しているかどうか、なのだ▼本作の主人公は徹頭徹尾、アウトサイダーだ。組織に属さず「一芸」をひたすら磨く孤高の剣士。孤独かもしれないが変わり者でもなく変質者でもない。世間に溶け込みたいと思っている斑平を拒絶するのは世間の方である。求めても与えられない孤児のような悲しみをかもす。その悲しみを、ふさぐでもなく人を妬むでもなく、陰気にもならず女に走るでもなく、淡々と受け入れていく斑平の静けさとインテリジェンスがやるせない。

 

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