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特集「昭和のスター列伝」

2021年2月21日

特集「昭和のスター列伝3」市川雷蔵㉑ 
忠直卿行状記(下)(1960年 事実に基づく映画)

監督 森一生

出演 市川雷蔵/小林勝彦/水谷八重子(初代)

シネマ365日 No.3483

孤児のような息子よ

特集「昭和のスター列伝3」

「私が上使です。上使の表向きを受け承れよ」清涼院は続ける。「上意。その方は大国を所有する身でありながら日々悪行に明け暮れ、政務をないがしろにすること甚だしき。領地を召し上げ豊後国府内に預け終生押し込め申すものなり」。九州に配流である。「なお、内うちに言い聞かせたき義がある」と人払いした。息子とふたりだけの対面をした母は「公儀では切腹と決まっていました。聞き入れぬ時は城に火をかけて討ち取ると」忠直キッと「命など惜しくはございません。城を枕に死ぬまで戦います」。「心を鎮めて聞きなさい。家中の侍も家族も、幾十万の人が人間らしく生きられるためにすることがあります。人に言えぬ悩みがあることも母にはよくわかる。しかしその苦しみも悩みもそなただけのもの。人を傷つけ、人を不幸にしてよいわけはない。今こそ男らしく犯した罪を償いなさい。忠直どの、身ひとつとなって城を出てくだされ。世の常の男ならこうした定めにはならなかった。なまじ優れた人物に生まれたゆえ、人にも幕府にも憚られるのです。そなたが身を引けば徳川の御代は泰平。越前の家も立つ。わかりましたか。お受けするか不承知か。不承知なら一身に変えてそなたの助命を乞うた母です。生きては帰れません。その刀で殺してくだされ」▼うつむいたまま聞いていた息子はややあって面を上げ「忠直、謹んで仰せに従います」そして膝行し母親の膝に取りすがって泣くのだ。母もまた「私が世の常の母親のように、そなたが生まれてからずっとそばにいたら、こうまで不幸にせずに済んだであろう」忠直をかき抱き落涙する▼清涼院は簡単なことを言っています。悩みや苦しみはどんな人間にもついてまわるもの、ましてトップに立てば周囲の理解が得られぬこともある、それは当然の事として受け入れ、自らを涵養しなければならぬ。辛さを抱えきれず人を傷つけ巻き込むなど言語道断。甘ちゃんの息子よ、しかし痛ましい、こうなるまでになんとかしてやれたものを…公人としての責務と母親としての後悔に苛まれます。翌朝忠直は家臣を前に出立を告げる。「こんな清々しい朝を迎えたことはない。同じ人間として信じ合い、愛し合い、いつの世にも人間らしく生きていこう。疑惑の淵に立つ事ほど恐ろしい事はない。激しい焦りを感じ、罪のない人を死に追いやり無辜の女性・百姓を苦しめた。この城を去るのに未練はない。後に続く弟に過ちを犯させず、心へだてなく仕えてくれ」。元和9年(1622)5月8日。忠直配所に赴く。29歳▼本作は雷蔵が映画化を熱望した作品です。忠直が臣下への不信と疑惑によって自分を追い詰め、破滅の淵に立ち、君主として、男としての誇りを取り戻すまでの内面の劇に感動したと思われます。が、もっと根本的な理由は、母親と縁の薄かった雷蔵自身のマザコンだった…と書くと実も蓋もないのですが、清涼院の膝に抱きついてヨヨを泣く雷蔵・忠直は、傍目にも孤児のような息子でした。雷蔵が熱望したのは生涯で一度、母親に甘えることのできた忠直の、このシーンがあった故ではないか、またそれによって映画は爽やかな後味のよさを最後に取り戻します。役者雷蔵にそれがわからなかったはずはありません。

 

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