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枝雀の時間

2021年4月1日

特集「枝雀の時間」① 
ドグラ・マグラ(1988年 文芸映画)

監督 松本俊夫

出演 桂枝雀/室田日出男

シネマ365日 No.3522

もうひとりの枝雀

特集「枝雀の時間」

夢野久作の「ドグラ・マグラ」の映画化です。主役の2人、正木博士を桂枝雀が、若林博士を室田日出男が演じました。原作は、結論が出ようとするとあっちこっちに話が飛び、まだるっこいこと尋常でない怪奇小説です。映画の方がうまくまとまっています。2件の殺人事件が起こり、犯人は「俺だよ」と正木博士が言う。動機は彼が提唱する「離魂」と「心理遺伝」の学術研究を証明するためだというひどい男です。呉青秀という唐代の画家が玄宗皇帝を戒めるために自分の妻を殺して死体が腐っていくプロセスを絵巻物にした。子孫が日本に来て、それが現在20歳の青年・呉一郎(かもしれない)という前提で始まります。正木博士のライバルが若林博士です。天才肌の正木は精神医学を、若林は法医学の道を選んだ。殺人事件について司法当局から意見を求められると正木は「法医学専門の正木君の主張と精神病学者としての私の主張ははっきり正反対だ。若林は隠れた犯人がいて(呉一郎が容疑者として勾留中です)、糸を綾つり、事件の現象をもてあそびながら衆目をくらましていると決めてかかっている。精神医学の立場からするとこれは犯人なき犯罪事件だ。奇妙な精神病の発作に過ぎない。被害者も犯人も、ある錯覚の元に同一人物が行った凶行に他ならぬ。ぜひ犯人が必要だというなら呉一郎にこんな心理を遺伝せしめた先祖を捉えて牢屋にブチ込め」と主張し捜査の行方をくらませています▼枝雀の正木博士。「アッハッハ」とたびたびバカ声を張り上げ、解放治療なるものを導入し、患者が自由に振る舞える時間と空間を大学の構内に作ります。巫女や軍人、バレリーナに成り代わった患者がいる。庭を見て「アッ。僕がいる」と驚く一郎に「離魂だよ、君が君を見ているのだ」。一郎はどっちかといえば若林より正木が好きで、どことなく温かいものがあるように感じています。正木も最終的に自分の所業を一郎に告白します。天才肌でちょっと温かみのある、小太りのチビ男、丸い鼻メガネをかけ学者に見えない男の役を枝雀は引き受けたわけですね。正木に興味があったに違いない。「胎児は10ヶ月の間に長い夢を見る。先祖が胎児の細胞に刻みつけた進化の過程を胎内でたどるのだ」「心はどこにあるか。たいてい学者は脳だというが、わしに言わせれば心は全身に行き渡っている。脳髄の正体は何か。正常と異常を振り分ける物差しは何か」。彼の台詞には今聞いても新しいものを感じます▼枝雀は落語の分析には理論派でしたが、古典落語が繰り返し何人もの異なる噺家によって語られても色褪せないのは、「人間の情」というものに視点を定めているからだ、と対談で語っていました。彼は正木という狂人に近い精神科医に親近感があった。常軌を逸する彼の所業を他人事とは思えない。自分の高座を自分で見ることはできないが、ビデオで見る限り「いや、まだまだ」が口癖だった。「高座でしゃべっている枝雀をもう1人の枝雀が見ている」とも言っている。「もう1人の枝雀」が姿を現し(ふっ)と自分の噺を笑っている、と感じることが彼の高座で時々あった。のめり込んではいるが、我を忘れてはいない。手ぬぐいで顔や頭を吹き回すほどの体技、熱演でありながら、意識下の枝雀が冷たく自分を見ている。こんなアンビバレンツな緊張に、人はどこまで耐えられるのだろう。

 

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