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枝雀の時間

2021年4月2日

特集「枝雀の時間」② 
「植木屋娘」枝雀が跳ぶ

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出演 桂枝雀

シネマ365日 No.3523

枝雀のオリジナル

特集「枝雀の時間」

枝雀の高座はオーバー・アクションだとよく言われた。褒め言葉か貶し言葉かは知らない。枝雀は登場人物に同化しながら噺の山場に登りつめていくタイプです。落語はおしゃべりと身振りで聞き手の頭の中に情景を描くことで成立する。聞き手の想像力に頼り切るわけですが、枝雀はここに亀裂を入れた。誰が見ても同じ現象を強引に目の前に見せるのである。それが“跳ぶ”だった。例えば「植木屋娘」。植木屋の夫婦に年ごろの娘がいる。親父はお寺の寺小姓・伝吉が気に入る。娘に悪い虫のつかないうちに夫婦にさせようと画策するが、2人とも堅物でうまくいかない。数ヶ月後、娘の妊娠を知り相手は誰だ、親父は躍起になって問いただそうとするが、まあまあ、と母親が制する。「ここは私に任せてあんたは2階に引っ込んどいて。私が段梯子の下であんたに聞こえるように教えてあげるさかい」。そう言って亭主を追い払った女房は娘を呼んだ。「ちょっと、こっち来なはれ。そこやない。こっち。うちでは代々、大事な話は段梯子の下ですることになっているの」映画でいうなら巧みな伏線だ▼女房は相手が伝吉だと聞き、2階の旦那に知らせようと声をはりあげる。「あんたのお腹を大きイさせたのは、あの…」枝雀は座布団の上でピョンと跳び下手に半転。再び跳んで正面に直り「おーてーらーの」また跳んで下手を向き、膝立ちして背筋をまっすぐ、両手を口に当て、2階に向かって「でーんきちーさーん、かいなア」声をはりあげる。クライマックスだ。根こそぎ笑わせる大技だ。枝雀落語に登場する女性の中で、この女房のアクションは最もダイナミックでフリが大きく、派手で華麗だ。高座の空間がぐんぐん膨れ上がる。枝雀のアクションは気分の、感情の高まりで爆発する。枝雀はがさつな亭主とはちがう、女親のやさしさや、気配りや、ユーモアが気にいっていた。「3回転」をやった後、枝雀は座布団の上で乱れを直しながら「そろそろ芸風、変えなあかんな」このつぶやきに客席はまたドッとくる▼どうやれば「ピョン」ができるのか。やってみた。ピョンどころか、膝も上がらない。途方にくれた。枝雀はこんなことを言っていた。「お客さんは1日8時間働いて、得たお金で高座に来てくださる。私も8時間、お稽古するのが当たり前です」。稽古に次ぐ稽古だっただろう。体を宙に浮かすのだ。大げさに書きたくないが、血のにじむ練習だったのではないか。確かに「オーバー・アクション」は当たっている。間違いない。でもそれがオリジナルであり、他を寄せ付けない独創となれば話は別だ。誰も試みることすらできない技を枝雀はやったのだ。真似しようにもできない難度だった。アクションと感情の昂ぶりをひとつに織り込むことによって、言葉だけに頼らない落語世界の構築。そのひとつが「跳ぶ」だった。枝雀は古典落語を前衛の最前線に引きずり出したのである。

 

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