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枝雀の時間

2021年4月3日

特集「枝雀の時間」③ 
「舟弁慶」怒涛のたて弁

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出演 桂枝雀

シネマ365日 No.3524

笑いの仮面

特集「枝雀の時間」

たて弁とは、たて板に水のごとく流麗にしゃべる技術。長台詞をテンポよく聞かせる口さばきだ。「舟弁慶」はすこぶる恐妻家の喜六を、友達の清八が舟遊びに誘いに来るところから始まる。女房に知られたら怖いから、渋る喜六をやっと連れ出そうとしたところへ女房のお松が帰ってくる。清八は納戸に隠れる。喜六は女房の恐ろしさを人一倍知っている。声を聞いたとたん、全身に電気が走る。お松はちらっと(枝雀の流し目が効く)亭主を見て、「あんた、仕事してるもんやとばっかり思うてたら、着物着替えてるやないか。(声を落とし)ええベベ着てるな。(オクターブを一挙にあげ)ええベベ着てどこ行くねやーッ」喜六は「ガラガラガラ、シュシュシュッ」手刀を切り雷を表す。お松は柳眉を逆立て「待ちなはれ! ようそんなこと言うな。何がガラガラ、シュシュシュやねん。そんなこと言うさかい、ご近所のお方が私のこと、雷やなんていうねやないかいな。女房がカミナリ言われて嬉しいか。あんた。どこいくねん!」「ン、ン、ン…」「おびえなはんな! どこいくねん。浄瑠璃の会? あんなもん何百年やっても上手にならん。私が聞いてもわかるわ。この間も浄瑠璃の会があるさかい、我が亭主のこっちゃ、いっぺんくらい行てやらないかんと思うて行てやったら、あんた、なにを言うたのや。初めからしまいまで、オガオガオガ、ピーピー。ピーピーは何やねん。前の人、1人も聞いてへんやないか。けったいな浄瑠璃でんな、いつ終わりまんねやろな、なんていうてはる。あのな、路地口の前田はん、このあいだ宿替えしはったやろ。なんで宿替えしはったか知ってるか。あんたの浄瑠璃で松が枯れる、いうて宿替えしはったんやないか。え? あんた、今なに言うた? セイやん?(清八のこと)、あんなモンとまだ付き合いしてんのか。まあまあ。あんたに友達もぎょうさんおるけど、あんなイヤらしい男、あれへんで。そやないかいな。ここにいやがったら向こうズネ、かぶりついたったのに」自分の後ろに本人の清八がいるとわかった枝雀お松、クルッと反転し「まっ。セイやん、暑いやおまへんかァ」パタパタと手首を捻って扇子で扇いでやる。「ウラオモテのはっきりした女やなあ」清八のつぶやきに客席はドッと返し▼「船弁慶」の聴きどころ、聴かせどころはお松のたて弁にある。枝雀は間を外しテンポをあやつり“ずらし”を駆使し怒涛のたて弁を繰り出した。枝雀は「必殺仕置人」で中村主水(藤田まこと)の姑を演じた菅井きんとの対談でこう言っている「私は、こんなふうにワアワア言うていますけれど、これはまあ、お稽古でやっとここまで参りましたもので、もともと、まことに暗い人間でございます。どなたさんともお話を自由にさせてもらうようなこと、できんタチの男でございました」。「お稽古でやっとここまで来た」に打たれる。最初のウツの発症は1973年、小米時代、34歳だった。飲まず食わず部屋に閉じこもる日が続き、主治医は「必要なのはクスリではなく休養です。脳を休めなさい」。別れてくれと妻に頼むが「別れる前に病気を治しましょう」いい奥さんね。枝雀はこの時代を「あんな辛い病気にもうなりたくない。いままでは楽しいことを楽しくない姿勢で考えてきた。これからは笑いの仮面をかぶって生きていく。仮面を何十年もかぶっていれば仮面が顔か、顔が仮面か、となります」と述べたことがあった。枝雀の稽古熱心は類がなかった。稽古と言うより、生き延びるすべではなかったか。懸命に笑いの仮面を被ろうとし「やっとここまで来た」のだ。枝雀襲名が転機になったが、それはもっと長い厳しい「仮面」の続くことを意味した。

 

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