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枝雀の時間

2021年4月4日

特集「枝雀の時間」④ 
「口入屋」枝雀のエロチシズム

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出演 桂枝雀

シネマ365日 No.3525

男も女も行け行けです

特集「枝雀の時間」

枝雀は対談で「生まれ変わり、死に変わり、いうものあると思いますか」と池田満寿夫に聞いている。例えば意識が車に乗っているとして、死んだら降り、新しい車に乗ると考えるのが妥当ではないかと問いかけ、「必ず次の車は人間ですか。犬とかなんとかではなく、人間は人間ですか」の池田の質問に「そら、そうなのです」「男から女にはならないのですか」「充分なります。男も女も行け行けですがな。ちょっとの違いですがな。私は、前世はどうやら女だったようです。ちょっとそんな気が…男みたいな女の人、あるでしょ。たぶん前は男で…それは充分変われますわ。ほんのわずかな違いですもん」「そういうふうに考えていると楽しいでしょうね」「楽しいです。僕、こう考えるようになってから、生きる力を見出したわけです」。これは枝雀落語のポイントだと思える。「生きる力を見出した」なんて重い言葉を、人はダテやその場の酔狂で口にできるものではない。今でいうジェンダー・フリーは枝雀の仕事と人間の見方に深く関わる捉え方だった▼枝雀の演じる女性には独特のエロチシズムがある。「口入屋」は船場の番頭たちの夜這いの話だから元々エロチックではあるのだが、御寮人(ごりょん)さんが登場する中段と後段は枝雀の女芸の独壇場である。新入りの女子衆(おなごし)に仕事の内訳を説明する御寮人さんの、たっぷりした懐の広さを悠揚迫らぬ口調と身振りで演じる。「うちは若い男子衆(おとこし)が多いさかい、できるだけきれいでない子を、というてますのに、なんでこんなきれいな子、連れてきてんな。あんた、気イ悪してもろたら困ります。きれいな女の子がいたら、店がもめてしゃあないねんわ。いてて(採用すること)もらいます。いててもらいますけどな、うちは下の女子衆がほしかったのやけど、あんたみたいなきれいな子、もったいないやないか。上のほう、勤めてもらお、と思うています。上となったらちょっと針が持てなあかんねんけど、あんた、針はどうえ?」ここから新米女子衆は、母親から受けた手ほどきを述べる「合わせ、単衣、綿入れ、襦袢、袴にマント、針の要るものやったら畳の表替え、こうもり傘の修繕」「まっ」御寮人さんは微笑み、旦那さんのご酒の席で三味線は弾けるかと聞く。「地唄が15060、江戸歌が200ほど。浄瑠璃は30段ばかり、常磐津、清元、荻江、一中節、新内、ドドイツ、とっちりとん、チョンガレ、阿呆陀羅経。鳴り物も少しかじりまして、太鼓、小鼓、締め太鼓、桶胴、尺八、笙、琴、胡弓、ドラに錫杖、半鐘にホラ貝。もしお子たちが夜習いでも遊ばすならお手本くらいは書かせていただきます。書はお家流、仮名は菊川流でございます。香も少しは聞き分けます。お点前は裏千家、花は池坊、お作法は小笠原流、謡曲は観世流、剣術は一刀流、柔術は渋皮流、槍は宝蔵院流、馬は大坪流、軍学は山鹿流、忍術は甲賀流。その他鉄砲の撃ち方、大砲の据え方、地雷の伏せ方、狼煙の上げ方…」この長台詞を枝雀は一気に「たて弁」する。中段のハイライトだ▼さて後段である。深夜夜這いに来た番頭3人。2人は膳棚を足がかりに2階(女子衆の寝所)に上がろうとして落ちてきた棚を担ぐ羽目になる。1人は天窓から忍び込もうとして宙吊りになる。騒ぎを聞きつけた御寮人さん。手明かりの燭台を持ってやってきた。「やかましいて寝てられへん。ン? 久七、そんなとこにぶら下がって何してンの?」「井戸の深さを測ってます」「ふっ。どうせまたお行儀の悪いこと考えててんやろ。危ないからお店のお方、呼んできて助けてもらうわ」(ふと明かりを持ちあげ)「まあ、まあ、まあ。お店総出やおまへんか。番頭どん、モクベイどん、膳棚抑えて何してなはんねん」。男たちの企みがとっくにわかっている御寮人さんは流し目でニンマリ▼枝雀の声と身振りがイマジネーションをかき立てていく。細い目が鋭いほどに色っぽく、細い声が糸のようにからみつく。手と指の変幻は「私、どうも女やった気がします」以外のなにものでもない。「お腹の中に入っていない言葉では聞き手の心を動かすことはできません」が枝雀の口癖だった。御寮人さんの言葉が腹に入るまで、枝雀は技術を超え、女に没入したのだ。

 

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枝雀は対談で「生まれ変わり、死に変わり、いうものあると思いますか」と池田満寿夫に聞いている。例えば意識が車に乗っているとして、死んだら降り、新しい車に乗ると考えるのが妥当ではないかと問いかけ、「必ず次の車は人間ですか。犬とかなんとかではなく、人間は人間ですか」の池田の質問に「そら、そうなのです」「男から女にはならないのですか」「充分なります。男も女も行け行けですがな。ちょっとの違いですがな。私は、前世はどうやら女だったようです。ちょっとそんな気が…男みたいな女の人、あるでしょ。たぶん前は男で…それは充分変われますわ。ほんのわずかな違いですもん」「そういうふうに考えていると楽しいでしょうね」「楽しいです。僕、こう考えるようになってから、生きる力を見出したわけです」。これは枝雀落語のポイントだと思える。「生きる力を見出した」なんて重い言葉を、人はダテやその場の酔狂で口にできるものではない。今でいうジェンダー・フリーは枝雀の仕事と人間の見方に深く関わる捉え方だった▼枝雀の演じる女性には独特のエロチシズムがある。「口入屋」は船場の番頭たちの夜這いの話だから元々エロチックではあるのだが、御寮人(ごりょん)さんが登場する中段と後段は枝雀の女芸の独壇場である。新入りの女子衆(おなごし)に仕事の内訳を説明する御寮人さんの、たっぷりした懐の広さを悠揚迫らぬ口調と身振りで演じる。「うちは若い男子衆(おとこし)が多いさかい、できるだけきれいでない子を、というてますのに、なんでこんなきれいな子、連れてきてんな。あんた、気イ悪してもろたら困ります。きれいな女の子がいたら、店がもめてしゃあないねんわ。いてて(採用すること)もらいます。いててもらいますけどな、うちは下の女子衆がほしかったのやけど、あんたみたいなきれいな子、もったいないやないか。上のほう、勤めてもらお、と思うています。上となったらちょっと針が持てなあかんねんけど、あんた、針はどうえ?」ここから新米女子衆は、母親から受けた手ほどきを述べる「合わせ、単衣、綿入れ、襦袢、袴にマント、針の要るものやったら畳の表替え、こうもり傘の修繕」「まっ」御寮人さんは微笑み、旦那さんのご酒の席で三味線は弾けるかと聞く。「地唄が15060、江戸歌が200ほど。浄瑠璃は30段ばかり、常磐津、清元、荻江、一中節、新内、ドドイツ、とっちりとん、チョンガレ、阿呆陀羅経。鳴り物も少しかじりまして、太鼓、小鼓、締め太鼓、桶胴、尺八、笙、琴、胡弓、ドラに錫杖、半鐘にホラ貝。もしお子たちが夜習いでも遊ばすならお手本くらいは書かせていただきます。書はお家流、仮名は菊川流でございます。香も少しは聞き分けます。お点前は裏千家、花は池坊、お作法は小笠原流、謡曲は観世流、剣術は一刀流、柔術は渋皮流、槍は宝蔵院流、馬は大坪流、軍学は山鹿流、忍術は甲賀流。その他鉄砲の撃ち方、大砲の据え方、地雷の伏せ方、狼煙の上げ方…」この長台詞を枝雀は一気に「たて弁」する。中段のハイライトだ▼さて後段である。深夜夜這いに来た番頭3人。2人は膳棚を足がかりに2階(女子衆の寝所)に上がろうとして落ちてきた棚を担ぐ羽目になる。1人は天窓から忍び込もうとして宙吊りになる。騒ぎを聞きつけた御寮人さん。手明かりの燭台を持ってやってきた。「やかましいて寝てられへん。ン? 久七、そんなとこにぶら下がって何してンの?」「井戸の深さを測ってます」「ふっ。どうせまたお行儀の悪いこと考えててんやろ。危ないからお店のお方、呼んできて助けてもらうわ」(ふと明かりを持ちあげ)「まあ、まあ、まあ。お店総出やおまへんか。番頭どん、モクベイどん、膳棚抑えて何してなはんねん」。男たちの企みがとっくにわかっている御寮人さんは流し目でニンマリ▼枝雀の声と身振りがイマジネーションをかき立てていく。細い目が鋭いほどに色っぽく、細い声が糸のようにからみつく。手と指の変幻は「私、どうも女やった気がします」以外のなにものでもない。「お腹の中に入っていない言葉では聞き手の心を動かすことはできません」が枝雀の口癖だった。御寮人さんの言葉が腹に入るまで、枝雀は技術を超え、女に没入したのだ。

 

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