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枝雀の時間

2021年4月6日

特集「枝雀の時間」⑥ 
「崇徳院」(下)枝雀の声

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出演 桂枝雀

シネマ365日 No.3527

深い情をもって語る

特集「枝雀の時間」

枝雀は大阪の下町の代表的な、情のある女房が気に入っていたにちがいない。抑揚は時に柔らかく、時に鋭く高く、またおっとりと低く、と思えば速射砲で、緩急自在の声で高座を圧倒する。ズタボロで帰ってきた亭主。「嬶(かか)!」と倒れこみ泣きつく。女房は慌てず「なんちゅう顔してなはんねん。しょうがないやないか。一生懸命やんなはったのやろ、はあ。人間というもてのは一生懸命やらしてもろうて、あかなんだらそれは諦めな、しょうがないの。先さまにもご縁がなかったのやし、こっちにも運がなかったのや。ご苦労さん。よう、やっとりなはった」やさしくいたわり「こんなこと言うたらあんた、笑うやろけどな。わたいかて一時、ひょっとしたらあの、蔵付きの借家もらえたら、家主ちゅうことになるよって、家主のお家はん、とかなんとか、言われるようになるのかいな、とちょっと思うた。いいえ、そんなことちょっともかめへん。ご苦労さんやったな。お風呂行ってきなはれ。お酒つけときます」そう言って送り出そうとしたところ…▼「ちょっと待ち、ちょっと待ち。そらそうとして、どんなふうにして二日二晩、探しなはった? は? あんた、いまなに言いなはった! ただ大阪の町をグルグル回った? このスカタン。なんでたったひとつの手がかりの“瀬を早み”とかいう歌、それを大声で歌うて歩きなはらんね。歌うて歩いたら耳にした誰かがそれやったらと、何か教えてくれるやろ。風呂屋とか床屋とか、人がぎょうさん集まるとこ行って、大きな声で歌いまんねんで!」。雷のように怒られ亭主は残る1日、女房の発案を頼りに、大阪中の床屋と風呂屋で「瀬を早み〜」をやる。精魂つき床屋で一服していると、恋煩いのお嬢さんを治そうと、一目見たきりの若旦那を探している男と出会った。ラブストーリーはめでたくエンド。枝雀はサゲを「互いに探す相手が現れまして、一対の夫婦が出来上がります。崇徳院というめでたいお噺でございました」で締める▼女房が淡い夢を一時、見させてもらったと亭主に打ち明けるときの可愛いさにホロリとする。枝雀はささやくようにここを言う。微笑みながら「あんた、笑わんといてや」とうつむいて言う。「ひょっとして、わたい、お家はんと呼ばれるようになるのかいな…」とやさしく言う。日銭48銭の暮らしにとって300円の大枚は、夢を描くのに充分な金だ。貧しい庶民の憧憬を枝雀は深い、深い情をもって語る。そこがいい。

 

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