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枝雀の時間

2021年4月8日

特集「枝雀の時間」⑧ 
「山のあなた」(下)笑いは人を幸せにする

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出演 桂枝雀

シネマ365日 No.3529

虚実の境い目

特集「枝雀の時間」

「おじいさんは“さぁーわい”は一度や二度では捕まらん、ちゅうて、とりあえずこの掘っ立て小屋に茶店をこしらえてくれました。ここで茶店をしながら日に1度峠を越えて毎日、だっかまえようとしよりましたけど、なかなか捕まえること、できませんでしょう。3年ほど経ちましたあたり、もうどうでもええわい、と思うようになると、ある日のこと、パッとしたらねえ、だっかまえられましてね。アラーッ。これが“さぁーわい”じゃ、ありがたいことですねえ」。オヤジ「あっ、そう。それでどんな気持ちになるのや」「口には言えませんけどな。お天道さま、おられますですね。山も木も生きとられます。鳥たちも虫たちも生きとられます。私も生きとるです。そしたら“ありがたい”ちゅうことですかねえ。わしにはホントのことです。あなたが帰られた町にも“さぁーわい”はおります」「どっかの本に書いたンねん。山のあなたの空遠く、しか幸いはおらんねん」「そんなことありませんです。山のあなたの空遠く、から見れば、あなたのおられますとこが、山のあなたの空遠く、ですけんねえ」枝雀の噺は終わり、客席は夢から覚める▼同じ新作落語「夢たまご」で、枝雀は自分の落語の方向性をこう述べている。「落語というものは内容的にも芸のスタイルからみても、あるような、ないような、フワフワしてつかみどころのないものでありまして、私はそのあたりを落語家として目指しております。落語は変幻自在に演じ手と聴き手が同時に噺を体験できる融通無碍なものなのです。その落語の落語たる所以である“境い目のなさ”から思い浮かぶのが夢なのです」。言い換えれば落語とは虚実の境い目を往還する演じ手の芸、それに参加する聴き手との共感で成り立つ。枝雀は客席の笑いの中に潜む戸惑いや、ためらいの拍手を聞き分けるのに敏感だった。異物の混じった笑いや拍手を感じ取ると、どこがいけなかったのか、真摯に対応した。お腹の中から出た言葉しか、お腹の中からの笑いを引き出すことはできない。この「山のあなた」は枝雀の「幸福論」のエッセンスだと言ってもいい。幸福な人間がいるのではない、幸福とは服を着て歩き、向こうからやってくるものではない、今ここにいて、自分を幸福だと思える人間と、思えない人間がいるだけだ。そこに透き通った枝雀の幸福観がある。「私は世の中のことにあまり興味がないものでして、まあ、1日こうして(好きな落語で)幸せに暮らさせていただけたら、けっこうやないかと思っています」。どことなく禅僧みたいなところが枝雀にはあり、出囃子とともに高座に上がる時が無上の幸せだったにちがいない。枝雀は評を気にしていなかった。「いやしくも評するからには、評する人間の立場をはっきりさせないかんと思うのです。どこのどなたか、お顔の見えんお方から何を言うていただいても参考にはなりません」。夢とうつつの境い目をあやつり、往き来させながら「笑いは人を幸福にする」ー枝雀の芸はその一筋につながる。

 

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