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枝雀の時間

2021年4月10日

特集「枝雀の時間」⑩
「仔猫」私の愛するおなべどん(下)

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出演 桂枝雀

シネマ365日 No.3531

私の愛するおなべどん

特集「枝雀の時間」

「仔猫」を怪奇譚にするつもりはなかったと枝雀はいう。何となれば「数多い落語国の人物の中でも、おなべどんは大好きな人の一人だからであります」。番頭と旦那がおなべの荷物を検分すると、血まみれの猫の革が出てきた。こんな恐ろしい女は置いていくわけにいかん、と旦那は解雇通知を出せという。番頭は困る。番頭はおなべが気にいっている。言を左右して「あんな働き者に落ち度はない、解雇する理由がない」と食い下がるが、「それがお前の役目や」と旦那は一蹴。仕方なくおなべを呼ぶ。堂々めぐりのあげく、「御寮人さんの妹がここへ来ることになり、しばらく上の女子衆の仕事をしてもらうことになった。一人女子衆が余ることになる。そこで、一旦家に帰ってくれへんか」と苦しい言い訳をする▼おなべは自分の秘密を知られたとわかり、事実を打ち明ける。父が猟師だった。生き物の命を奪った親の因果が子に報い「7歳のとき、仔猫が足を怪我して帰ってきた。舐めてやったのが猫の生き血の味を覚えた最初です。それ以来、人さまのかわいがる仔猫を見ればとって食らうが私の病。鬼娘と噂され村におれず、出てきたがダメじゃ。昼内は辛抱するが、夜になると心が乱れ、猫を捉えて食らいつく。番さん、ここに置いとくなはれ、わしはどこにも行くとこがない、金輪際、今の所業はやめます」。泣いて頼むのを聞いた番頭、「なんや、ネコ取りか。人にかぶりつくのと違うねんな」ホッとしたようにいう。いい素行ではないにせよ、殺人や泥棒ではなし、本人も二度とやらぬと誓っているし、とりあえず解雇は見合わせても、という安堵がある。枝雀はそう受け取れるように演じた▼おなべが大好きな理由は「可愛いじゃありませんか。日頃は裏おもてなく一生懸命働いて、奉公人仲間からも好かれている。ことに番頭が解雇通告をするべく呼びつけたものの、いいだしかねてもじもじしているのを誤解して、番頭さん、わしゃお前のためならどうにでもなるがの、と顔を赤らめるあたり、勘違いのおかしさだけでなく女心のいじらしさ、可愛さに心うたれるのです。ですから、私の『仔猫』では、おなべを化け物みたいな怖いご面相とはせず、決して別嬪ではないが、可愛げのある娘にしております。『持参金』にも同じ名前のおなべという女子衆さんが出てきます。男たちは盛んに不細工だ、不細工だというのですが、そんなえげつなく言わんでもええじゃないかと思いまして、不細工の描写はごくあっさりとすませております。私の愛する“おなべどん”を傷つけたくはないのであります」。落語には女性の容貌をあげつらう描写のために、聞き苦しい噺が多々あるが、枝雀はアンチ・ルッキズムを標榜する。枝雀には浮いた話ひとつなかったけど、きっとモテたでしょうね。女なら彼のいたわりがわかるのよ。人間うわべやない、一生懸命働いてそれを鼻にかけない、枝雀流に言わせれば「わったくし、があ」でない奥行きのある女。そんな「おなべどん」の心映えが好きだったのね。

 

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