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枝雀の時間

2021年4月12日

特集「枝雀の時間」⑫
「猫の忠信」(下)朗らかな女

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出演 桂枝雀

シネマ365日 No.3533

枝雀のヒロイン

特集「枝雀の時間」

「猫の忠信」には女性が3人登場します。おとわ、浄瑠璃のお師匠さん、そして「猫」。これが偽の常吉の正体です。押さえつけられた常吉が白状する。「いいます、いいます。頃は正親町天皇の御代、大和・山城にネズミがはびこり、民百姓の苦しみに時の博士が占うには、高貴な方に仕えたる三毛猫の皮を剥ぎ、三味線に張り、天に向かって弾く時は野ネズミ直ちに去る。私の両親は伏見院さまに飼われ、受けし果報が仇となり、毛皮をはがれ三味線に。私はその時まだ子猫。流れ流れてその三味線がご当家さまにありと聞き、常吉さまのお姿を借りこの家の内に入り込みました。壁にかかりし三味線の表皮は母の皮、裏皮は父の皮、私はあの三味線の子でございます」。「義経千本桜」のパロディだ。猫がお師匠さんを見上げ、静御前に「にゃう(似合う)」といって落ちになる。ストーリーが二段、三段に組み合わされかなり重いネタだが、特筆ものはやはり枝雀の演じる女房おとわのリアリティだ▼強烈なヤキモチ焼きの女房を、枝雀は冷静に務める。亭主の浮気を感づいた鋭い視線の走らせ方、一呼吸沈黙する間の外し方。「ああ、よかった」次郎吉のタレコミは事実ではなかったと安堵する声の安らぎ。「わたいの悋気がご近所でなんと言われてるか、はあ、知ってます。せやけど仕方ないやないか。うちの人、好きやもん」…憎めない女性なのである。枝雀はヤキモチを焼かれたことがあったのか、なかったのか知らないが、こんな天衣無縫な、正直で腹黒くない女性が好きなのだ。そうでなければあの気合の入れようは説明がつかない。本作では枝雀のアクションはどっちかというと控えめだ。本物の常吉が現れた時の次郎吉ののけ反りようくらいか。その分、おとわが濃い。お師匠さんも猫もおとわに比べたらキャラがおとなしい。好きな男の浮気に「クーッ。カーッ。イーン、イーン」。枝雀の「おとわ」が、阿修羅のごとく落語世界を作る。イメージが疾走する。と思えば誤解だとわかったとたんケロリ。常吉の正体が何であろうと男たちほど興味を示さない。常吉がキセルでニセモノを叩こうと打とうと、どうでもいいみたいである▼おとわは枝雀ワールドのヒロインなのだ。枝雀のヒロインといえば枝代夫人を忘れてはならない。枝雀の最大の味方であり最適の評者だった。「お顔のわからん方」が何を言おうと参考にはなりません、と他人の批評にきっぱりした態度を崩さなかった枝雀だが、下座で三味線を引く枝代夫人が「お父さん」と言って一言、二言口にする感想は、よく聞いた。枝雀を愛するがゆえの至言であったのだろう。思い当たることばかりだった。その夫人とハワイに行った時、「英語もわからんのに“アツギ”という単語だけ聞き取った嫁はんが、あの人、外人さんやのに“なにわの源蔵”見てはってんね、というのです。ドラマの厚木警部のアツギと間違うてますねん。ハワイのお人が何で“海坊主の親方”見なあきまへんねん。ちょっと考えたらわかるんですがね、根が朗らかな女なのです」。枝雀はおとわを思い切り朗らかな可愛げのあるヤキモチ焼きに演じている。彼女の一顰一笑を観客は期待を込めて待っている。演じる枝雀の指の先から視線の先までを追いかける。枝雀はよくこう言っていた。落語にはどんなにばかげた話と思えても、その中に「そうや、そうや」と共感してくれるものを表すのが大事だと。共感とは落語の夢世界と現実を掛け渡す橋だった。「そうや、そうや」。観客は何度、おとわの感情世界に頷いたことだろう。

 

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