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枝雀の時間

2021年4月13日

特集「枝雀の時間」⑬
枝雀の宴

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出演 桂枝雀

シネマ365日 No.3534

寄せて返す喝采のわだつみ

特集「枝雀の時間」

枝雀最後の高座は高松市での「宿替え」だった。1998(平成10年)1月14日だ。「宿替え」を稽古するとその日の体調までわかるという、枝雀60番の持ちネタの中でも代表的なお気に入りの演目だった。その日、枝雀は演じながら、どんな体調を感じただろう。小米時代の最初のウツの発症から、小さなウツは何度かあったが97年のそれは深刻だった。肝臓や胃にも問題があると診断され、入退院を繰り返す。自分の舞台に自信が持てず、満足感がなく、暗い顔で高座を下りてくることがあった。そんな自分を、本人が最も情けなく感じていたに違いない。休演中もネタを繰り、自宅で稽古を続けていたが以前のようには「気」が上がらなかった。99年3月13日、自宅で首を吊っている状態を発見される。意識不明のまま病院に搬送された。37日間枝雀は眠り続ける。積年の疲労とストレスが溶けていくような眠りだった。「枝雀の落語案内」に「枝雀と61人の仲間」という副題が付いている。何気なくページを開いてト胸を突かれた。仲間とは家族、友人のことだろうと思っていたのに、並んでいたのは枝雀が選んだ持ちネタ60番の演目だった▼自分を語ること少なかった枝雀らしいといえばいいのか、これだから疲れるのだといえばいいのか。「いらちの愛宕詣り」で枝雀はこう解説している。「噺家はこわがりでなければいけないのであります。こわがりというのは、何か会った時に反応が早いのです。ことにそれがマイナスの要素であれば敏感に反応しますから、聞き手の皆さんがどう思っておられるか、常に神経を行き届かせていることになります。そしてもうひとつ、噺家は性格が暗いほうがよろしい。昨今で申します“ネクラ”というやつですな。性格が根っから明るい人は、別に無理に面白いことを探さんでもええわけですから、かえってどんなことが面白いのか、ということがわからないのです。常識をわきまえているからこそ、非常識なギャグが創れるというのは本当なのです。ネクラの常識人であるからこそ、面白いことがいえるのでございます。以上を総合しますと、噺家は“いらち”で“こわがり”で“ネクラ”でなければならないーよう考えたらロクな人間やございませんね」▼自分はネクラだと枝雀は自称していたが、それはコンプレックスではなく、自信だったのだ。そんな枝雀が自死を選んだ。図り知れない芸の苦しみがあったのだろう。まだ駆け出しで、と謙遜する枝雀に「落語に艶が出るのもまだまだこれからですわね」とミヤコ蝶々が返した。「はい、そう思います。50、60、70、そこらを目指してぼちぼちやらしていただこうと思いますし。せかないで、ぼちぼちと」そう言っていたのに。枝雀は浄瑠璃が大好きだった。勉強のために浄瑠璃を習う。浄瑠璃の知的な面しか知らなかった枝雀は、浄瑠璃が訴える恋の叙情に心を奪われる。「時雨のこたつ」をテープで聞く。「泣かしゃんせ、その涙が蜆川に流れたら、小春が汲んで呑みやろうぞ」のエロチシズムは「猫の忠信」の「ぬくい造り」によみがえる。落語もまた情の世界だ。枝雀はそれを腹に納めた。深い眠りの底で枝雀には聞こえなかっただろうか。出囃子の華やぎ、妻が弾く三味線、大好きだった太鼓の音、見台にカンと鳴らす小拍子のキレ。寄せては返す喝采のわだつみが、意識の海溝に揺曳する。同年4月19日午前3時2分枝雀は息をひきとった。この日、人が桂枝雀と呼ぶ天才の宴は果てたのである。

 

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