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家族の修羅場

2021年6月8日

特集「家族の修羅場」⑧
代理人(下)(1994年 劇場未公開)

監督 スティーヴン・ギレンホール

出演 ジェシカ・ラング/ハル・ベリー/サミュエル・L・ジャクソン

シネマ365日 No.3591

愛を以って育てること

「何が言いたいの! 白い肌は正しくないとでも? 私にはイザヤを養育する資格がない? 白人だから彼を立派な人間に育てられない? 愛は? 誰も愛を問わないわ。人種の問題に愛は関係ないの? あの子の気持ちは? そんなものより人種問題が大切? ここで考えるべきはあの子の心に何が起きるかでしょう。私たちと離れてどうなるかよ」「あの子を救えるのはあなただけ?」「いいえ。でも私が母親よ」。休廷を挟んで結論が出た。「難しい判断でしたがイザヤは実母の元に戻すものと裁定します。本来の母親と暮らすのが最善でしょう。人種問題が絡むのなら尚更です。すぐに順応できなくとも時間が解決します」。夫はそれなりに気遣い「あの子を連れてどこかに引っ越そう」「もういいの」「じゃあ、控訴を」「やめて。終わったの」▼イザヤがカイラに引き取られる日。「これを」マーガレットは小さなヘヤピンを渡す。「何があっても手放さないで。ママはいつもあなたの心の中にいる。あなたもママの心の中にいるの。それは誰にも変えられないの」。イザヤは泣き叫びながら引き裂かれた。貧しい住宅環境の新しい住まい。近所の黒人の子供たちが「変な奴」「新入りだ」奇異な目で見ている。カイラは仕事で家を開ける。程なくカウンセラーに訴えた。「イザヤが口をきかないの」「まだ2週間よ。いずれ慣れるわ」「もし慣れなかったら私と同じ。里親から里親に引き渡されるたび、殻に閉じこもって消えてしまいたい気がする」。バーガーショップに連れて行く。「イザヤ、ハンバーガーとポテトよ」ポイ捨て。「そっぽを向かないで」「ママはどこ?」「泣かないで」イザヤは狂ったように暴れ出し店を走って出た。探し回って家に帰ると空のバスタブの底に縮こまっていた。手にヘアピンを握りしめて。カイヤは腹を決めた。マーガレットに電話する。「甘かったわ。麻薬をやめれば立派な親になれると思った。一緒に暮らして保育園に入れればちゃんとやっていけると」「何の話?」「あの子を抱きしめて安心させて。返しはしないけれど、あの子が理解できるまで預けるわ」マーガレットはタクシーで駆けつけた。カイヤが待っていた。「私が嫌いでも協力して。あの子を愛しているの」「私もよ」母親同士は初めて抱き合う。カイヤと一緒に保育園に行く。イザヤが「ママ」と叫んで走ってきた。「素敵な保育園ね。何をして遊びたいのか、教えて」。「積み木よ」とカイヤ。保育園の一室で積み木をするイザヤとカイヤとマーガレット。そこでエンド▼誰が愛を以って育てるかと言うシンプルな問題を、人種問題が複雑にしています。弁護士も判事も養育は実の母の元で、同じ人種だからという思考の範疇を出られません。ルイスは弁護費用のないカイラに「金は要らない。判例を作るために」引き受けるのだと便宜的な理由を言っていますし、カイラも産みの母とはいえ、マーガレットを母、チャールズを父、ハンナを姉と認識しているイザヤを訴訟して取り返そうというのは強引過ぎますし、裁判がイザヤ不在で進むのに違和感がありました。マーガレットの「誰も愛を問わない」は突き刺さる言葉だったと思います。遠からぬ将来、イザヤは人種問題に直面するのですから、「あの子が理解できるまで」時期を待つカイヤの判断は賢明です。2人の女優に花を持たせる結末でした。ジェシカ・ラングは聖母のごときやさしさと慈愛で「沈黙のジェラシー」の毒々しい殺人鬼とはうって変わった清廉な別人を演じています。女優とはいえ、彼女の別人顔を見るだけで飽きませんでした。

 

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