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特集「ペガサスを見上げる海は9月のベストコレクション」

2021年9月16日

特集「ペガサスを見上げる海は9月のベストコレクション」⑨
ノマドランド(下)(2021年 社会派映画)

監督 クロエ・ジャオ

出演 フランシス・マグドーマンド/デヴィッド・ストラザーン

シネマ365日 No.3691

自足する人

特集「ペガサスを見上げる海は9月のベストコレクション」

ファーンはノマドという究極のミニマニズムが気にいってくる。求人斡旋所で「ここの気候は厳しい。年金の手続きを申請して南の暖かい土地に移ればどうか」とアドバイスされるが「仕事しているのが好きなの」と断る。ノマド仲間のひとりが息子の家に移ることになり、一緒にどうかと誘ってくれた。一時立ち寄った。親切な家族だった。ゲストハウスに住んでくれればいいとファーンを受け入れたが、ファーンは車中で寝泊まりし、ある夜明けひっそりと旅立つ。愛車「ヴァンガード」(先駆者)が故障し、修理代が2300ドル。売ればどうか。「ダメ。時間もお金もかけて自分で改装したの。人から見たらボロ車でも私の家なの」。姉に電話してお金を借りに行く。姉夫婦は不動産業者だ。「不動産の価格は上昇している。飛躍の年だ。買い占めておけばよかった」義兄が言うのにファーンは異を唱える▼「私には理不尽に思えるの。客に貯金をはたかせ借金までさせて家を買わせるのは」「それは偏った見方だよ。誰もが君みたいに身軽じゃない」「私が軽い気持ちで旅に出たと?」気色ばんだ空気を姉が取りなす。「ノマドの生き方って昔の開拓者みたいじゃない。ある意味アメリカの伝統よ」。姉は妹に一緒に住むことを頼む。「さっさと家を出てとんでもない田舎町に行き、結婚し夫が死んだ後もとどまるなんて。わからない。近くにいてほしかった。取り残されて寂しかった」「悪かったわ」とはいうがやはりファーンは出て行く。元いた田舎町、標高1200メートルのエンパイアの近くに住むことに彼女がこだわるのは「町外れにあった家の裏庭から砂漠が見渡せた。はるか向こうの山までずっと砂漠で遮るものがないの」遠くの山脈まで何も遮るものがない。その風景が好きだった。ファーンは車で移動する。海岸、岩山、崖、高波。季節労働のない時はアマゾンで箱詰め作業に従事する。車で移動するノマドの仲間と出会った。ボブをふたりで話をする機会があった。「私は5年前息子を亡くした。自殺だった。口にするのも辛い。だが人を助けることが息子の供養だと気がついた。ノマドの多くは高齢者だ。悲しみや憂鬱を抱えている。それでいいのだよ。この生き方が好きなのは“さよなら”がないからだ。何百人と出会ったが一度も誰も“さよなら”を言わない。いつもまたどこかで会える。1ヶ月後か数年後かわからんが実際そうなる。だから私は息子にもまた会えると信じている。君もご主人に会えるよ」。ファーンは一度エンパイアに戻り、懐かしい裏庭からの風景を眺め、別れを告げ、家を売り払った。残すものは何もない。思い出さえ持ちすぎた。ファーンは車で去った▼とてもスピリチュアルな映画です。ファーンは自分に好意を寄せる男の家にも姉の家にもとどまらない。車の中で時々下手なフルートを吹く。子供の頃の家族の写真を見る。夫の写真もある。これは終活の映画か。違うと思う。ファーンは「遮るもののない」生活に心地よさを見出したのだ。希望とか、生きがいとか、改まった言葉では言い表せないが、希望や生きがいがなければ生きていけないわけでもないだろう。心の平安を感じる場所と生きる方法があり、天地にひとり自足している自分がいれば充分ではないか。ノマドが彼女に与えてものはたぶん、それなのだ。

 

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