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特集「ベリッシマ(美少女)」

2021年10月12日

特集「ベリッシマ(美少女)2」②スカーレット・ヨハンソン1
ママの遺したラヴソング(上)(2007年 家族映画)

監督 シェイニー・ゲイベル

出演 ジョン・トラボルタ/スカーレット・ヨハンソン/ガブリエル・マクト

シネマ365日 No.3717

無職男2人と少女1人

シェイニー・ゲイベル監督は「のら猫の日記」のスカーレット・ヨハンソンを見て「当時9歳か10歳だったヨハンソンに感動した」と言っている。全然話題にならなかった映画だけど、彼女の卓見だと思う。同作にはすでにナターシャ・ロマノフ(ブラック・ウィドウ)の片鱗があるからね。本作もいい作品なのだけど、どこかスンナリできすぎて、毒みたいなものがない。ヒロイン、パーシー(スカーレット・ヨハンソン)は母の死を知って故郷ニューオリンズに帰る。母の家には2人のおじさんが居座っていて、ロレーン(母親の名)の遺言によって、家はパーシーとおじさん2人に遺されたと言う。彼らはロレーンの友人で、母の最期を看取った。パーシーは薄汚い無職の男たちが鼻についてたまらない。でもほとんど記憶にない母親のことが知りたくて、おじさんたちと話すようになる▼パーシーは高校生だが学校にもいかずトレーナーで男と暮らしていた。ふてくされた女の子で将来にこれといった夢があるわけでもないがレントゲン技師になりたいそうだ。光に透けて見える骨って美しいでしょ、がその理由。同居しているおじさんはボビー(ジョン・トラボルタ)とローソン(ガブリエル・マクト)。どっちのアル中で昼間から酒を飲む。しかしボビーは元大学の英文学教授でローソンは彼の助手。ボビーに才能があると言われ弟子入りして作家を目指し9年。鳴かず飛ばず。でもボビーは彼の本ができたらこんな生活は全て解決すると、異常なほどローソンに執筆に専念させようとするが、少しも執筆は進んでいない。母は町の小さなクラブの歌手だった。ニューオリンズはジャズの街だ。街のどこからかいつでも音楽が流れる。母を知る人々はパーシーを「ママそっくりだ。君のママとは友達だったよ」と可愛がる。パーシーは祖母に育てられた。母は自分勝手な女で小さな娘を置いて家を出てそれきりだったそうだ。寂しかったパーシーは母親の思い出をかき集めた。声とか匂いを思い出そうとした。そのうち自分で思い出を作るようになった。お気に入りは「母がライブに連れて行ってくれる」だが、あまり作りすぎて本物だと信じるようになった。寂しかった女の子の切ない夢想だ▼母の遺品から手紙の束を見つけた。パーシーに書いて出さなかったたくさんの手紙だ。「早く元気になってあなたに会いたいわ。あなたの父親が誰か教えるわ。彼があなたのことを知らないのは、彼でなく私のせいなの。この曲をふたりに贈るわ」と楽譜が入っていた。父親がボビーだとはすぐ察しのつくところが弱いわ。もう少し盛り上げて欲しかったけど、トラボルタが白髪のじいさま姿で頑張ったことだし、まあいいか。ボビーとローソンの関係も元教授と助手が9年間も同棲するなんて、おかしいわよ。ローソンが言うには「ボビーは豪放な男で美人の奥さんと子供がいて、学生に慕われ教授会に嫌われ女にもてた。彼が語る僕の将来に素直に納得した。ある意味恋愛だ」(やっぱり)。ところがボビーの末っ子が事故死する。原因はボビーに酒の席を勧めた「僕にある」とローソン。妻はボビーに別れを告げ、心に傷を負った男ふたりがニューオリンズに流れて来た▼パーシーが来てから男たちの関係が微妙に変化する。劇中、耳障りなほど英文学が引用される。やれシェイクスピアだ、やれT.Sエリオットだ。ローソンは目の前の青春そのものであるパーシーを見ているうち、ボビーの、昔は感心した文学の知識や博学な引用が霞んでくる。ある日「自分の言葉でしゃべれないのか」とピシャリ、話の腰を折る。ボビーはボビーで、ローソンに気があるバーの女性オーナー、ジョージアに「彼は君を愛していないよ」と意地悪く言う。「彼が愛した女を俺は知っている。男の肉体の分子にまで入り込む女。頭の中を埋め尽くして男を献身と執着の生き物に変える女。一時しのぎのベッドの相手と真の恋の違いがわかるか!」。ジョージアこそとんだツラの皮であろう。じいさまに恋の講釈などしてくれと誰が頼んだ。お前こそ黙っていろ、そう言いたかったに違いない。見かねてローソンがボビーを制し「もういい、俺はどこにもいかないから」となだめた。案外フクザツなのね、この映画。「男の肉体の分子にまで入り込む女」だなんて、アル中のじいさまがいきなり知性溢れる教授顔になって、ドン引きしたわよ。

 

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