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特集「初霜は11月のベストコレクション」

2021年11月4日

特集「初霜は11月のベストコレクション」④
真実のマレーネ・ディートリッヒ(下)(2003年 ドキュメンタリー映画)

監督 ジョン・デイヴィッド・ライヴァ

シネマ365日 No.3740

ディーバ

ディートリッヒはアフリカ、シチリア、アンツィオ、ローマと前線を訪問し、次の訪問地の指示を待っている時、CIAの前身である諜報組織のOSSから極秘の仕事を受けた。1044年、OSSはニューヨークで歌手や音楽家を集めていたが、その中で「ディートリッヒなら引き受ける、他の歌手には頼めなかった」と元OSS諜報部員、エリザベス・マッキントッシュは証言する。前線の兵士はある日BBCから流れるディートリッヒの歌を聞いた。不可解だった。ディートリッヒのプロパガンダは、ナチス将校ではなく、ドイツ国民に向けられたものだった。彼女はこの空虚で犯罪的な戦争をいますぐやめようと、ドイツ国民に訴えていた。「リリー・マルレーン、君への愛が僕の心をよみがえらせる」この歌を通してヒトラーやゲッペルスではない、もうひとつのドイツが見えてくる。本来のドイツを踏みにじった、ファシストに抵抗するドイツが▼戦争終結後、ディートリッヒとツアーを共にしたバート・バカラックは振り返る。テルアビブ(イスラエル第2の都市)を訪問した時、興行主は「ドイツ語で歌うのは1曲にしてくれ」と頼んだ。「9曲歌うわ」とディートリッヒ。興行主は心臓麻痺を起こしそうだった。ディートリッヒは「ドイツ語で歌っていいですか」とステージから問いかけた。イスラエルの観客やその家族にはナチの犠牲者が含まれていた。彼らはディートリッヒが反ナチだったことを知っていた。戦争への怒りと無念をぶつけた「花はどこへいった」は銃撃のように観客の胸を撃ち、「ダムが決壊したようにみんな泣き出した」(バート・バカラック)。「ユダヤ人を救った動物園」や「ヒトラーを欺いた黄色い星」にあったように、命がけでユダヤ人を助けたドイツ人もいたのだ。狂った時代にいた善き人が。それを知っているイスラエルの人もいただろう。なぜ戦争は繰り返されるのか、その虚しさをディートリッヒは語りかける▼戦後若手女優が頭角を現し、ディートッヒが青春を過ごしたドイツはない。売国奴と呼ばれ唾を吐きかけられた彼女を新聞は大々的に報道している。しかし10年間、ディートリッヒは不屈の意思でツアーを続けた。75歳のときステージから落下、大腿骨を骨折して引退した。残る16年はほぼ寝たきりだった。住居はパリにあった。女友達がパリを訪ね「マレーネ、今あなたの部屋の下にいるの。中に入れて。どんな姿でもいいから会いたいの」と頼んだ。「見えるわ」とカーテンが揺れた。返事は「会いたくないの」だった。壮絶とも言える最後の16年を娘は苛烈なまでに書ききっている。あたかもディートリッヒの最後を見届けるように。1992年5月6日。死去。91歳。遺体はベルリン郊外のシェーンベル墓地に運ばれた。霊柩車が通過する沿道で花市が開かれていた。いつの間にか人々が花を投げ込み、住居の窓には「さようならマレーネ。ありがとう」の垂れ幕があり「墓地についた時、母の棺は花で埋まっていた」。永遠の眠りにつくディーバに、ふさわしい葬送であったろう。

 

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