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特集「頑張るドイツ映画と女性監督」

2021年11月23日

特集「頑張るドイツ映画と女性監督4」⑨
ヒトラーへの285枚の葉書(下)(2017年 事実に基づく映画)

監督 ヴァンサン・ペレーズ

出演 エマ・トンプソン/ブレンダン・グリーン/ダニエル・ブリュール

シネマ365日 No.3759

奇妙な楽園

もの狂おしい悲しみがこの映画を覆う。オットー夫婦は逮捕された。オットーは、妻は関係ないとかばうが、すでにアンナは荷担していたことを自白していた。生き延びようとは思わず、できるはずもないとわかっていたのだろう。裁判が始まる。裁判官は劇中具体的に触れられていないが、ローラント・フライスラーとも思える。ナチス政権下のドイツにおける、反ナチ活動家を裁く「人員法廷」の長官を務め、不法な見せしめ裁判で数千人に死刑判決を下した死の裁判官。夫婦の裁判も初めから「死刑ありき」だった。フロム判事がアンナに面会に来た。「恐れることはない。怖がらないで」と判事は言う。「あと少しだけいてください。目を閉じて、ここにいるのが夫だと思いたいの」。アンナは判事を抱きしめた。処刑の日、エッシャリヒ警部がオットーに会いに行った。「女房を逮捕したな」。夫が言ったのはそれだけだった。2人はギロチンによる斬首だった▼警部は自分のオフィスにいる。彼の手元には267枚のカードがあった。オットーによれば置いたカードは285枚。回収されなかったのは18枚だけだ。警部は「市民はすぐ警察に届け出た。お前のレジスタンスはたった18枚が誰かの手に渡っただけだ。こんなことで世の中が変わると思ったか」。そうオットーに言ったことがある。しかし夫婦にすればそれでも充分だったのではないか。18枚のカードが誰かの心でどんな種となり、どんな芽を出すか、今は誰にもわからないけれど。警部は高い階にあるオフィスから267枚のカードを路上に蒔いた。驚いた人たちが拾い、読んでいる。誰よりも熱心に読んでいたのは、たぶん警部その人だっただろう。引き出しを開け拳銃を握ると、警部はためらわず自分の頭を撃ち抜いた▼劇中一度だけ夫婦が微笑み合うシーンがある。オットーが帰宅すると食卓の用意が整い、アンナはこざっぱりした服に着替え、テーブルにはオットーが木材で掘った息子の小さな胸像と、ケーキにろうそくが1本灯っていた。その日は息子の誕生日だった。夫婦は思い出を語り合い、ダンスを踊る。何もかも覚悟した最後の晩餐だった。285枚のカードは夫婦が人生で見つけた最大の意味だった。アンナ役のエマ・トンプソンに言わせると「不信が支配する社会で孤立した夫婦は、奇妙な楽園を発見した」となる▼ヴァンサン・ベレーズ監督は俳優として「インドシナ」「王妃マルゴ」「ダリダ〜甘い囁き〜」「告白小説、その結末」「15ミニッツ・ウォー」などに出演。監督作は3作目。スペイン人とドイツ人を両親に持ち、ルーツを遡るうちに、どうしてもこれは映画にしなければならぬと決意してメガホンを取った。原作はハンス・ファラダの「ベルリンに一人死す」。1945年に出版、2007年に英語訳が出版され、爆発的なベストセラーとなった。ハンス・ファラダは書き上げた後すぐに亡くなり、自著の出版を目にすることはなかった。

 

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