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特集「幾億の星と幾千の月のシネマ・パラダイス」

2021年12月9日

特集「幾億の星と幾千の月のシネマ・パラダイス4」⑨
折り梅(下)(2002年 ヒューマン映画)

監督 松井久子

出演 原田美枝子/吉行和子/トミーズ雅/加藤登紀子

シネマ365日 No.3775

折れても花を咲かせる

幾億の星と幾千の月のシネマ・パラダイス4

入所させることにした。施設に向かう途中、「あ、あの遊園地。俊ちゃんが幼稚園の時、遊びに来たねえ」と政子が言った。義母は覚えている。巴はふと懐かしくなった。「お義母さん、少し寄っていこうか」。のどかな日だった。政子はベンチに座り、あるいは歩きながらとめどなく話した。「母は時々会いに来てくれた。浅黄色のお召しを着て。梅を生けながら、梅の花は折れても花を咲かせるのだって言っていた。十の時父親が引き取りに来て品川に行った。その家を出たいばかりに見合いして1回で決めた。夫はさっさとあの世に逝っちゃった。育ち盛り4人を抱えて寝る間もなかったね。誰にも頼らず生活保護も受けず、水商売もせず、お針子をして覚えた縫い物で必死に暮らした。家に女と子供しかいないから、足元見て安い賃金で叩くのだよ。腹が立つけど仕方ないしねえ」「祐三さんから、そんな話、聞かなかった」「誰にも言っていないよ。今日が初めてだよ」▼祐三が帰宅すると巴も政子もいた。「寄り道したら遅くなったの。なぜか離れられなくて。わたし、もう1回やってみようと思うの」。巴の表情は明るかった。紹介してもらったのが、ある寺院でボランティアをしている中野先生(加藤登紀子)だ。そこは戸外に出ておしゃべりしたり、絵を描いたり「ここでは痴呆を特別な病気とみなさず付き合っているのです。巴さん、痴呆になってからお義母さんを褒めてあげたことありますか? 人は認められていると思わなければ生きていけません」。政子が自己紹介した。「この頃はどうなるのだろうと思うと悲しくて夜も眠れません。そこにいるのが嫁の巴です。ありがたいと思っているのに、いつも反対のことばかり言って困らせました(泣く。巴、ハンカチを投げてやる)。巴さんに嫌われたら死ぬしかないと思っているのに、意地悪ばかりする自分が情けなくて。ごめんなさいね」。巴泣く。政子、ハンカチを投げ返す。ハンカチの投げ合いが2度、3度。巴は夫に言った。「お義母さん、自分が病気だってわかっている。お義母さんを追い込んだのは私かもしれない」▼中野先生の友人の画家が、ぜひ政子に絵を描かせたいとコーチを買って出た。幼稚だった絵が繊細な彩りを表すようになり、賞を取った。巴は受賞を知らせようとお寺に自転車で駆けつけ「お義母さん」。いうなり政子に抱きついた。▼松井久子の脚本は、巴に女性ならすぐ同感できるセリフを言わせる。「わたし、たかがパートでも、仕事は辞めませんからね。自分を犠牲者だと思いたくないの」。社会への手がかりを失いたくない、どんな仕事でもそれを通じて社会と繋がっていれば、自分を理不尽に片隅に追いやられた犠牲者と思わなくてすむ。巴のアイデンティティがそう言わせた。政子に対する巴の対応は変わった。家に引き取った後も政子は「もう帰らんと」と言い出す。「どこへ帰るつもり?」以前なら問い詰めただろう。巴は聞き返すのだ。「そう、でももう日が暮れそうよ。どこに帰るの? お名前は? ご住所は?」政子が答えるのは旧姓と生まれ故郷の和歌山の住所だ。「そんな遠くまで。じゃ、今夜は泊まった方がいいわ」。政子は納得して寝所に行く。現実の介護はこんなわけにはいかないという批判はあるだろう。巴がいい嫁すぎる、職場の同僚はみな協力的だし、子供たちも気立てがよく、物分かりがよすぎる、夫もあの程度ですめば上等だ、等々。批判の全てを認めるにしても、原田美枝子と吉行和子の力量がそれを上回ってしてしまう。折れても花を咲かせる折れ梅を誰もが心に持っている。2人の女優はそれを信じさせるのだ。

 

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