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令和3年師走のベストコレクション

2021年12月15日

特集「令和3年師走のベストコレクション」⑥
パリの調香師 しあわせの香りを探して(2021年 ヒューマン映画)

監督 グレゴリー・マーニュ

出演 エマニュエル・ドゥボス/グレゴリー・モンテル

シネマ365日 No.3781

心の香り

前半、退屈な映画だと思わせながら、エマニュエル・ドゥボスが現れてから空気が変わります。臭覚を失った調香師、アンヌを演じます。全盛期には天才調香師と異名をとり、ディオールで彼女が開発した「ジャドール」は今も名品の誉れ高い。神がかり的な「臭覚」の持ち主はテレビや雑誌、マスコミの取材攻勢によって多忙と雑務を極め、香りを分析統合するために必要な静寂と孤独を奪われた。4年前、臭覚が鈍磨したことに気づいたが経験と記憶に頼って2度切り抜けた。3度目で大失敗、契約は打ち切り、クビとなった。パリを離れ3ヶ月休養すると元に戻った。でも手遅れだった。香水業界は狭い。嫉妬が渦巻き、それまでの意趣返しのように、彼女を過去の人として無視した▼アンヌの運転手に雇われたギョーム(グレゴリー・モンテル)は離婚調停中。10歳の娘と一緒に暮らすには定職・定収入と今より広いアパートに引っ越す必要があった。傍若無人で人使いの荒いアンヌに辟易し、暇をもらうがなぜかアンヌは彼を指名し、運転手を続けることになる。安物の芳香剤、遺跡に漂わす観光客用の人工の香り、住民から苦情の出る工場の臭いニオイを消す方法。猫のトイレや車の座席の匂い。アンヌの元に代理人のジャンヌが持ち込む仕事はどれも香水とは程遠い。しかしジャンヌは言う。「あなたに、周囲がどう反応しているか知っている?」。アンヌに同行し発注者らと会うにつれ、ギョームは調香師が広い知識と分析と記憶力とセンスを備えなければならぬかわかってくる。ブランドメーカーから振り向かれなくなった今も、彼女は調香の技術を磨いている。光を遮断した部屋に閉じこもり雑音を排し、瞑想するごとく香りをケミカルする。無敵の技術と才能を持ちながら、ひとつないものがある。笑顔だ。香水とは人に快く、多幸感を与えるものであるはずなのに、作る彼女はギョームに「ありがとう」も「お願いね」も言ったことがない▼ギョームは子供の頃の思い出を話した。「小さな丘の上の家に住んでいた。日曜に草を刈った。切り取られた草の匂いが好きだった」。アンヌ「刈られた草は虫にたかられ食べ尽くされる。だから防御として酵素を出す。自分を食べる虫を襲ってくれる虫を誘うためにね。その酵素が刈られた草の匂いの正体よ。殺しあう匂いよ」。愛想もクソもないが、この思い出話が大事な役割を果たす。しかしアンヌは熟睡したいあまり飲みすぎた睡眠薬で変調を起こし、病院に急行したギョームはスピード違反で免停。入院中のアンヌに無断で行方をくらまし、田舎のトラクターで草を刈る仕事に就く。ある日アンヌが来た。「あなたには才能がある。自分を信じないだけ」。二人三脚が始まった。「工場の悪臭は工場から吹く風が悪臭を運ぶのが問題でしょ。工場の一帯は草原だ。あなたの言う酵素の匂いに、硫化水素と何かを融合して気持ちのいい草の匂いに変えるのです」。ギョームのヒントが成功した。自信作にたどり着いたアンヌとギョームは、ある日ディオールの玄関に立つ。これからプレゼンだ▼忘れられた調香師と後のない父親が未来の入り口をこじ開けたヒューマンストーリー。パリの高級アパートメントでひとり仕事に打ち込むアンヌ。彼女の孤独と厳しさを理解したギョーム。仕事一途で周囲が見えていなかったアンヌに、温かみや思いやりを、心にこそ香りがあることを教える大人がギョームです。派手な演出が抑制され、見終わって気持ちのよくなる映画でした。エマニュエル・ドゥボスにはボーヴォワールとの友情を描いた「ヴィオレット ある作家の肖像」があります。本作もそうですが厚みのある作品が似合いますね。

 

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