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特集「銀幕のアーティスト」

2021年12月20日

特集「銀幕のアーティスト13」①
レディ・マエストロ(上)(2019年 伝記映画)

監督 マリア・ベーテルス

出演 クリスタン・デ・ブラーン

シネマ365日 No.3786

専制君主になれ

今年も師走恒例「銀幕のアーティスト」の季節となりました。トップは「レディ・マエストロ」。女性は指揮者になれないという常識を打ち破ったパイオニア・ウーマン、アントニア・ブリコ(1902—1989)の伝記映画です。彼女を拒む壁はいくつもあるが、女性が女性の敵に回ることも少なくなかった。本作では地元セレブの御曹司フランクの母、トムセン夫人がそれ。アントニアが貧しいオランダ移民の養子であり、社会的なバックもなく、しかも指揮者になりたいなどという途方もない夢を知って冷笑する。「指揮者になるのは無理よ」「アメリカはチャンスの国では?」と言い返したアントニアが不愉快だ。彼女はのちベルリン・フィル・デビューを果たし、アメリカでアントニアが女性だけの交響楽団を立ち上げた時も、新聞社に手を回し演奏会紹介記事を下段に小さく扱うように手配し「恥をかきたければご勝手に。でも女性の交響楽団なんて許せないわ。見世物コンサートは諦めたらどう? 私の交際仲間に招待状を送るなんて。コンサートに行かないよう全力で阻止します」など、信じられない暴言を吐く。脚光を浴びつつある、新しい時代の女性への本能的な嫉妬であろうが、情けない▼男性側も負けていない。アントニアが最初に師事したゴールドベルグ。今でいうセクハラ男である。「君の技術は未熟だ。結婚して子供をつくれ」。この男はアントニアに振られた腹いせに徹底的に嫌がらせを続け、ラジオのインタビュー番組で「女性音楽家は劣る。アントニアはピアノの才能がないから指揮を選んだのだ。有名になりたいだけの打算的な選択だ。女性には指導力がなく、自分が最高だという妄想を持ち、女性だけの交響楽団など失敗は明白だ。トロンボーンやホルンを吹く女性はいない。ティンパニーを叩く女性奏者もいない」。いないのではなくチャンスを与えなかったからではないか。アントニアはへこたれず無職の女性音楽家をオーディションし、オーケストラのパーツを揃えた。ある日ごっそりメンバーが減っていた。参加者には男性も混じっていたのだが「彼らはニュージャージー交響楽団のオーディションを受けに行きました。募集は男性だけです」。アントニアはひらめく。どうせやるなら思い切り目立つことをやろう。そこで女性だけの交響楽団を思いついたのだ▼アントニアの先覚者としての苦闘はあるが、それが陰気な苦労話になっていないのは、彼女が強気で積極的で、知的武装を備えていたからだ。男性にも「才能の前に人は平等」と考えるいい男たちがいた。アントニアを世に送り出したのは彼らだった。その筆頭はこの人。カール・ムックだ。アントニアの持ってきた紹介状を目の前で破き「お笑いだね」。窓から覗いた彼の部屋にシュバイツァーの肖像画がかかっていた。アントニアは首を突き出してムックに話しかける。「シュバイツァーは、芸術家は勝負の日を待つといったわ。待ちながら消耗すると。まさに私のことよ。彼は医学の人生のために音楽を捨てた。私は音楽のために人生を捨てるわ。あなたの助けがあってもなくても指揮者になるわ」。ムックはニヤリ。「消耗する覚悟があるのだな」。彼は師事することを許可、音楽アカデミーの入試を受けるチャンスを与えた▼カール・ムックは20世紀前半を代表するドイツの指揮者。ハイデルベルク大学で博士号を取りながらライプツィヒ音楽院に学び、ゲヴァントハウス管弦楽団のソリストとして音楽家に転身。アメリカではボストン交響楽団の常任指揮者を務めた。音楽に性別はない。そう考える数少ない男性の1人だった。彼に巡り合っていなければ、アントニアの突破口はもっと困難だっただろう。初めて指揮台に立ってすくんでしまったアントニアに、ムックは目の前のオケのメンバーを示しこう言う。「見ろ。女1人に男100人だ。従わせるにはどうする? 厳しく? やさしく? 覚えておけ、焦って汗を掻くな。専制君主になれ。民主主義じゃダメだ」。

 

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