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特集「銀幕のアーティスト」

2021年12月21日

特集「銀幕のアーティスト13」②
レディ・マエストロ(下)(2019年 伝記映画)

監督 マリア・ベーテルス

出演 クリスタン・デ・ブラーン

シネマ365日 No.3787

私以外は。それで充分さ

そしてこの男性を忘れるわけにいかない。いや、女性というべきか。アントニアがバイトでピアノを弾いていたバンドのベース奏者ロビンだ。ロビンもまた「女性は音楽家になれない」偏見のため男性として演奏していた。彼はアントニアが募集したオーディションを受けベースを受け持ったが、アントニアに見破られる。彼は指揮者になろうと奮闘するアントニアのためにドイツ銀行に定期的に送金していた。送金者は誰か銀行は明かさず、ただ「芸術を支援する女性」とだけ教えた。「あなただったのね。男性になりたかったの?」「音楽家になりたかった。だからあなたを応援した。お互い音楽に生きている。それに私は男の自分の方が性に合っている」。ベルリン・フィル・デビューを果たしたとはいえ、アメリカで無名のアントニアにプロデューサーはふっかけた。「チケットの半分を買い取れ。君のコンサートのリスクは大きい」▼これをロビンが助けた。バンド仲間を動員し、電話をかけまくって販売したのだ。「あと1時間でチケットは完売するわ。約束通り、次に私の指揮する楽団のプログラムを組んでもらうわ」。だがプレッシャーは強かった。開幕直前、姿を現さないアントニアにムックは色をなし部屋のドアを叩く。「今度は何だ? 母親のスカートの下に隠れるのか。勝負の時だろう」「ブーイングよ」「歓声かもしれん。成功しても奈落は常にある。高く上がれば落ちる穴も深い。だから勝負に出る」「いうのは簡単よ。あなたはヒーローだもの」「最後にアメリカで演奏したあと18ヶ月拘束された。アメリカ国歌の演奏を拒んだからだ。私はドイツ人だ。私の国歌ではないと。私がヒーローだ? 誰もそう思わん。私以外は。それで充分だ。汗をかいているぞ。拭け」。楽団員にも反発があった。「何度やり直しさせる気だ。高慢な命令はごめんだ」。アントニアは切り返す。「私のスケジュールはこの先真っ白。男性指揮者なら1ヶ月に3回か4回、それが1年中続く。公平かしら。あなたが自分のストラディバリウスが大事にするように、オーケストラは私の楽器よ。その楽器を取り上げられたらどんな気分?」▼どうしても外せない人がいる。エレノア・ルーズベルト大統領夫人だ。アントニアの元カレ、フランクはエレノアに支持を訴えた。女性だけのコンサートなど誰も聴きに行かないと、彼の母トムセン夫人が触れて回っているのだ。エレノア・ルーズベルト、コンサートに出席。ニュースは社交界を駆け巡り当日は長蛇の列となった。一番先に駆けつけたのは誰あろう、トムセン夫人である。彼女は大統領夫人を待ち受け、支援者の1人のようにうやうやしく挨拶した。コンサートは万雷の拍手で終わる。しかしながらエンディングに出た字幕は辛い。「ニューヨーク女性交響楽団は4年にわたり活動した。アントニアが男性を団員に入れ始めると興味が薄れ解散した。彼女は生涯を音楽に捧げ名門楽団から招聘されたが、首席指揮者となることはなかった。2008年グラムフォン誌が世界トップ20の交響楽団を発表。その中に女性首席指揮者を擁する楽団は1つもない。2017年グラムフォンは世界トップ50の指揮者を発表。そこにも女性は見当たらない」。アントニアよ、こんな時こそ恩師カール・ムックの言葉を噛みしめるといい。「私はヒーローじゃない。誰もそう思わん。私以外は。それで充分さ」▼最後にアントニアに続いた女性指揮者たちをあげよう。2005年ハンブルグ州立歌劇場の総支配人となり、同年、ウィーンフィルを初めて指揮した女性シモーネ・ヤング。ヘルシンキ・フィル初の常任指揮者、スザンナ・マルッキ。オーストリア放送交響楽団の常任指揮者ミルガ・グラジニーテ=ティーラ。日本の西本智実、フランスのブザンソン指揮者コンクールで優勝した松尾葉子、頭角を現わす三ツ橋敬子。閉ざされていた扉を彼女らは開きつつある。

 

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