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特集「銀幕のアーティスト」

2021年12月27日

特集「銀幕のアーティスト13」⑧
マイ・バッハ不屈のピアニスト(上)(2020年 伝記映画)

監督 マウロ・リマ

出演 アレクサンドロ・ネロ

シネマ365日 No.3793

破滅的な探求

特集「銀幕のアーティスト13」

まったくすごい人だわ。「不屈の」という形容そのままね。ジョアン・カルロス・マルティンス(アレクサンドロ・ネロ)はピアニストになりたかった父親の願望を受け猛練習、頭角を表しトントン拍子にブラジル演奏界のホープとなる。サッカーの国ブラジルで、彼も例にもれずサッカーが大好き。スター選手がサンパウロに来て大はしゃぎ、彼の練習に混じり大怪我をする。右腕の尺骨神経が損傷したため、3本の指が麻痺する。手術を受け特製のギプスを指につけて弾く。ベルリンで弾いたバッハの「シャコンヌ」は、鍵盤に血が飛び散る悽愴な演奏となり「傷だらけの名演奏家」と新聞は書いた。身重の妻は「とにかく別れる決心をした」と言い残し、子供2人を連れて出て行った。ジョアンの述懐「僕は内気な子供で幸せな家庭を築くためにどうするかを教えられなかった」妻の別れの言葉は「辞書に書いてあったわ。芸術への執着は破滅的な探求だと」。そんな辞書ってあったかしら▼本作は稀に見るピアニストの復活への闘志の半生ではあるけれど、彼自身の音楽への夢やなんのためにバッハを弾くのか、があまり伝わってこないのが、物足りない。もちろんピアノを弾くというミッションに全力を捧げるのがピアニストだから、余計な説明はなくてもいい。でも、彼が墓穴を掘ったトラブルは自業自得と言えなくもない。サッカーの練習など、例えばセルゲイ・ポレーニンは体に傷を受けるのが怖く幼少時から決して外で遊ばなかった。毎日修業僧のように単調なバレエの基本レッスンの繰り返し。厳しさに耐え兼ね一時逃避するのだけど、ジョアンは大らかよ。コンサート開催地に着くや、タクシーの運転手に「女性のいる場所に行ってくれ」と売春宿を指名。3日間連泊してフラフラになりながらコンサート会場に滑り込み、ずば抜けた演奏で大喝采を受ける、なんてね▼世評の賞賛にもかかわらず「もとどおりの音が出せない」ジョアンは悩み、ニューヨークからブラジルに帰ると決め、ピアノを辞めたあと銀行や石油会社で働きイベントの興業を手がけた。その時ボクサーのエデル・ジョフレのカムバックを目の当たりにし、「俺もチャンピオン・ベルトを取り返した。君のピアノに戻れるはずだ」という激励に音楽への情熱を取り戻す。「カムバック? 正気とは思えん」というプロデューサーの懸念をはねのけ、カーネギーホールでの「一夜限りの復活コンサート」で難曲とされるバッハ「平均率クラヴィーア」全曲を演奏、3000席を満員にした。これがきっかけとなり、気難しさで有名なドイツ人プロデューサー、ハイナー・シュタドラーの企画「バッハの全ピアノ曲レコーディング」に挑んだ。ジョアンに“悪魔の陸軍元帥”の異名をとるハイナーが訊く。「今の演奏で完璧だと思うか?」「イエス」「サルにとってはね。やり直し」ジョアン、ブチキレ。「ウンザリだ、勝手にしろ」。飛び出すとスタジオの入り口に一目でそれとわかる女性が立っていた。ジョアンは声をかける。機嫌よく肩を並べて歩くジョアンを待ち伏せしていた暴漢が襲い、鉄パイプで頭を殴られ、昏倒した。女はジョアンの懐から財布を抜いて走り去った。彼の場合、女性に対しても「破滅的な探求」がなされすぎたのかしら。

 

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