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特集「令和4年新春ベストコレクション」

2022年1月7日

特集「令和4年新春ベストコレクション」⑦
プラド美術館驚異のコレクション(上)(2020年 ドキュメンタリー映画)

監督 バレリア・パリシ

出演 ジェレミー・アイアンズ(ナレーター)

シネマ365日 No.3804

王と呼ばれる男

特集「令和4年新春ベストコレクション」

プラド美術館が他の美術館と一線を画する最大の特色は、スペイン黄金時代の王と王妃たちによって収集されたスペイン王室の美術館であること。戦争によって分捕ってきた戦利品でもなければ略奪品でもない、「私はこれが好き」という個人の嗜好と感性による桁違いのコレクションだ。プラド美術館の始まりは神聖ローマ帝国カルロス5世にさかのぼる。1556年、フランドルでカトリックとプロテスタントの対立が続き、責任の重圧と終わりの見えない戦争に疲れた56歳の皇帝は退位を決意する。死を意識した彼は自ら選んだ隠とんの地、ユステ修道院で死期を待つことにした。歯はほとんど残っておらず、足の指3本は痛風だった。それでもなおスペインは3大陸にまたがる帝国だった。皇帝は熱心なカトリックの信者として毎日何時間も祈り続け、2年後の1558年9月21日、没した。彼は目の前の絵を見て言った。「ジャ・エス・ティエンボ」(もう時間だ)と▼皇帝が見ていた絵は「グロリア(栄光)」。ティツィアーノに描かせた巨大絵画だ。ティツィアーノが「プラド美術館の父」と呼ばれるのは、彼に続く絵画の巨星たちー幸福から悲哀まで人間のあらゆる感情のスペクトルを伝える絵画の巨匠たちが、プラドを芸術の殿堂となさしめたからだ。カルロス5世の息子フェリペ2世はマドリードを首都と定めた。父王は「帝国を守りたければ首都はトレド、拡大したければリスボン、失いたければマドリード」と助言していたが、政治的・地理的な条件から2世はマドリードを選ぶ。彼は2年後エル・エスコリアル修道院の建設に着手した。王家の墓所もある壮麗かつ峻厳な瞑想のための建物だ。2世は巨匠たちの絵画を集めた。宮廷に呼ばれた画家の中にエル・グレコがいた。ティツィアーノが「軍服姿の皇太子」を残している。2世が23歳か、24歳の肖像だ。未来の王たる威厳と物静かな佇まいの内に、エロチシズムを感じさせる暗さが滲む。政務に没頭しあらゆる書類に目を通し、「書類王」と異名をとり「フェリペのように働く」とは、あまり良い意味ではなかったほどの仕事人間だったが、彼は目利きだった。彼の炯眼はヒエロニムス・ボスを見出している▼フェリペ3世は父2世の仕事漬けにうんざりしていたせいか、公務に関心を示さず存在感の薄いまま早死にした。その息子がフェリペ4世だ。16歳で王位を継ぐ。治世44年、祖父・父譲りの本物の審美眼で王室コレクションを充実させた。プラドが世界に例のないユニークな美術館としての基礎を築いたのは、フェリペ2世と4世である。4世はルーベンスのファンだった。わかる気がする。明るく幸福に満ちた女性、天使が飛び交う空間。支配者なら望まずにはおれない統治する国と民の喜びが彼の絵には溢れる。しかし4世の最大の功績は駆け出しだったベラスケスを、宮廷画家として召し抱え、腕を振るわせたことだ。ベラスケス28歳、フェリペ18歳の出会いだった。王はベラスケスの描いた自らの肖像画を見て惚れ抜き、他の画家の筆になるものを王宮から撤去させた。傑作「黒衣のフェリペ4世」がプラドにある。ヘチマのように伸びた長い顔、受け口の著しい突き出た下唇、美男どころかブ男とすら見られよう。しかし自分すら知らなかった自分自身がそこにいた。飾りのない黒ずくめの衣服、何もない空間に立ち沈黙する、複雑で繊細で孤独を隠した、王と呼ばれる男を、ベラスケスの目と筆が暴いていた。

 

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