女を楽しくするニュースサイト「ウーマンライフ WEB 版」

  • facebook
  • twitter
  • line
  • rss

特集「令和4年新春ベストコレクション」

2022年1月8日

特集「令和4年新春ベストコレクション」⑧
プラド美術館驚異のコレクション(下)(2020年 ドキュメンタリー映画)

監督 バレリア・パリシ

出演 ジェレミー・アイアンズ(ナレーター)

シネマ365日 No.3805

尊敬と愛を込めて

特集「令和4年新春ベストコレクション」

マドリードは多民族都市だった。かつてこの都市には17世紀にベラスケス、18世紀のゴヤという2人の天才がおり、迷路のように入り組んだ文芸地区には、スペイン黄金時代の作家たちが暮らしていた。セルバンテスは角の家に、ケベートは酒場の2階に、隣人はゴンゴラとロペ・デ・ベガだった。若いインテリ層“27年世代”はマドリードの学生寮で会合を持った。若き日の映画監督ルイス・ブニュエル、画家のサルバドール・ダリ、詩人のフェデリコ・ガルシア・ロルカ。ロルカとダリはプラド美術館に足繁く通った。ダリはジャン・コクトーに「プラドが燃えたら何を守るか」と訊かれ「空気だ。ベラスケスの“ラス・メニーナス”に漂う最高品質の空気を守りたい」と答えた。「ラス・メニーナス」(女官たち)。ベラスケスが自ら傑作と呼んだ「プラダの至宝」は多言を要すまい▼ベラスケスの死の4年前に描かれた王と家族に、目の前で対面するような絵画空間だ。5歳のマルガリータ王女のピンクの頬は、指でつつきたくなるように愛らしい。中央の黒い四角い鏡に両親のフェリペ4世と王妃マリアナが映っている。絵筆とパレットを持つベラスケスは剛直で誠実な、スペイン男子の面目を彷彿させる。フェリペ4世の寵愛によって、最高の宮廷画家の地位と経済的な安定と名声はえたが、それは仕事に次ぐ仕事と同義語だった。61歳という死は過労死である。作中の画家の目はどこか暗い。見えないものを見る彼の目は忍び寄るスペインの斜陽と衰亡を捉えていた。世界最大の帝国は健康な世継ぎを得られなかったことで混迷する。血族結婚を繰り返した濃い血は男子が生まれても早生し、成人したとしても統治者としての体力はなかった。フェリペ4世は息子カルロス2世に落胆し人前に出すのを嫌がった。カルロス2世の39歳の死によって、スペイン・ハプスグルク家は終焉を迎える▼栄光と悲劇、戦争と混乱を経て、プラドの所蔵品は社会の変遷を映し出すように多様性を吸収して行った。フェリペ2世が王室コレクションに加えたヒエロニムス・ボスの「快楽の園」は、時空をタイムスリップするようなSFの世界だ。ピーテル・ブリューゲルとボスは共に悪と誘惑、罪の力と死の勝利を描いた。彼らの心の目が捉えた社会の歪みは人間の欲望を鋭く、ユーモラスに、美しく淫乱に描き出した。静物画が女性画家を惹きつけた。プラドの絵画展示品1500点のうち女性の作品は7点に過ぎない。その1点がクララ・ペーテルスだ。国王や有力者が競って購入した彼女の絵は皿に盛られた果物。小さな自画像が金属の物体に写っている。極小の自画像が画家として低く見られていた女性の立場を象徴する。オランダ人のクララは1608年14歳で初めて絵を描いた、静物画のパイオニアだ。パン、野菜、ナイフ、皿などを書きながら新たな技巧に挑戦した。静物画に初めて魚を加えたのだ。プラドの静物画は神の手になる静寂と詩を今も与え続ける。美術を学ぶ女性たちは女性のヌードを見ることが許されず風景や肖像や静物を専門にした。女性画家の手になる肖像画といえばアングイッソラが描いた「エリザベト・ド・バロア」だろう。アングイッソラはフェリペ2世の宮廷の王妃の侍女となる教養と決断力があり、ミケランジェロが才能を認めヴァン・ダイクは驚異的と評した。彼女はのちに続く女性芸術家に道を開いた伝説の人物だ▼プラドには同性愛を描いたヌードがある。ホセ・デ・リベーラは「毛の生えた女」を描いた。女性が授乳しているが体つきは男性で顔は黒いヒゲで覆われている。リベーラがこの絵を描いたのは神の指示であったかのような厳粛さに満ちている。唯一無二の人間の尊厳を彼は慈悲を以って描いた。「何よりもまず真実を」はリベーラがカラヴァッジョから学んだ写実主義だった。リベーラが人間に見た真実には、男と男、女と女、男と女に愛の区別はなかったのだ。ここで紹介した絵と画家は本作にある豊穣な星雲の、わずかな星の数に過ぎない。しかしカメラが映し出すアップは、もしプラド美術館で現物を前にしても、今ほどの驚きはあるまいと思える超越した美の波動を伝える。幾億の星と幾千の月の輝き。それを生み出したアーティストたちに、今は語ることをやめ、尊敬と愛を込めて見入ろう。

 

あなたにオススメ