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特集「美しい虚無-妄想映画の魅力」

2022年2月2日

特集「美しい虚無14」②
バーバー(下) (2002年 社会派映画)

監督 ジョエル・コーエン

出演 ビリー・ボブ・ソーントン/フランシス・マクドーマンド/スカーレット・ヨハンソン

シネマ365日 No.3830

マクドーマンドの一瞥

特集「美しい虚無14」

少女バーディが運転中にやらかしたことで、ハンドルを切り誤ったエドは事故を起こし入院。気がつくと刑事が2人いて殺人容疑で逮捕だという。ドライクリーニング事業で出資金をだまし取っていた詐欺師クリントンが、水に没した車の中から死体で発見され、所持品にエドがサインした書類があり、騙された腹いせにエドが殺した、という組み立てになった。因果応報だ。詐欺師を実際に殺したのはデイヴだったが彼もエドに殺された。再びリーゼンシュタイン弁護士の出番。彼は陪審員に何度も「被告をみてください」と訴える。「彼をみてください。あれが人を殺す顔でしょうか。悪党でしょうか。どこから見ても床屋です」…というのは彼には「ドイツ人のフリッツ・ヴェルナーの理論がある。たまたま興味を抱いたために、ありのままの姿が見えなくなるのだ。見たために変化が起こって、客観的な観察ができなくなる。名付けて“不確定性原理”だ。見れば見るほど真実がわからなくなるという原理だ」。ゆえに彼はエドを指差し「みてください」を繰り返し「彼の床屋として直面した悩みは現代人の悩みです。彼を有罪にすることは自分の首を絞めることだ。事実ではなく、事実の意味をみてください」意味不明だったが「床屋の顔を見ろ、顔を見ろ」となんども男の顔に視線を向けさせることは一種の催眠効果があった▼しかし弁護料が払えなくなりリーゼンシュタインは手を引き、交代した国選弁護士は無能でエドは電気椅子一直線。「なぜ俺はここに来ることになったのか」エドは死刑執行室の外に並んだ見届け人の頭と髪を無意識に眺めながら独白する。「人生とは迷路を、離れた場所から見るようだ。迷路の曲がり角に来るたび自分がどこにいるかわからなかったが、全体を見ると自分の人生そのものがわかる。今は安らぎを感じる。床屋だったことを悔やんだことはあるが、今は何ひとつ悔いがない。俺はどこへ行くのだろう。この先に何が見つかるだろう。ドリスに会えるかもしれない。彼女に会ったら、この世の言葉で言い表せないことが言えるだろう」。これというあても生きがいも愛も希望もなく、彼の言葉によれば「俺は幽霊だ。誰にも見えず顔のない床屋」としてふわふわと生きてきたエド。しかし遅かれ早かれ人は「この世の言葉で言い表せない言葉」で語り合う、虚無の、魂の領域に達するのかもしれない。実在の究極相である清澄な「無」を示してエドの告白は終わります▼本作で最も心に残るシーン。エドが妻ドリスの面会に来る。そばで弁護士がいかにドリスの死刑を免れさせようかと、知恵を絞っている。ボソッと「俺が殺した」とエドがうつむいて言う。ドリスはハッと夫を見る。彼女には夫が真実を言っているとわかる。フランシス・マクドーマンドの視線は感情を示さない。夫がどんな気持ちで告白したのか、それがわかったともわからないとも告げない。ただ彼女はこのあと首を吊った。夫の罪をかぶったとは到底思えない。強いて言えば仮面を剥ぎ取った夫の顔に(あ〜、ヤンなっちゃった)と全てを投げ出したくなったのか。ドストエフスキー混沌とでも表するしかなかった、マクドーマンドの一瞥が忘れられません。

 

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