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特集「美しい虚無-妄想映画の魅力」

2022年2月4日

特集「美しい虚無14」④
不滅の物語 (1968年 劇場未公開)

監督 オーソン・ウェルズ

出演 ジャンヌ・モロー/オーソン・ウェルズ

シネマ365日 No.3832

何もないのだよ

特集「美しい虚無14」

マカオの豪邸に独り住む大富豪、クレイ(オーソン・ウェルズ)は、痛風の痛みに眠れない夜々、書記に昔の帳簿を読ませる。数字の羅列だ。聞き飽きて「他の書物はないか?」書記は船乗り仲間に語り継がれる都市伝説を話す。若い女を嫁にしたが子供ができない、と悩んでいる老紳士がいた。船乗りを雇い黄金の燭台のついたベッドに招き、老紳士は5ギニー金貨を与えた…「作り話はつまらん、わしがその話を実話にしよう」。クレイは書記に船乗りと若い女性を手配させ、自らは老紳士になると決めた。船乗りは港で見つけた。若い女性役は友人の愛人ヴィルジニー(ジャンヌ・モロー)に頼んだ。ヴィルジニーとクレイは因縁がある。彼女の父はたった300ギニーの借金が元でクレイに全財産を奪われ自殺したのである。出演料100ギニーでどうだと書記は交渉したが、ヴィルジニーは300ギニーに値上げさせた▼一晩一緒にいるときっと年がばれるわ、とヴィルジニーは最初こそ心配したが、船乗りは美男で礼儀正しく、「女性は君が初めてだ」。アポロのようなたくましい青年をヴィルジニーは手ほどきし、愛しささえ覚える。部屋の外ではクレイが成り行きに耳を澄ましているが、具体的にはわかるはずもない。彼は己の妄想を膨らますだけである。クレイの顔がお面のような濃いメークで、ただでさえ暑苦しいオーソンの容貌を戯画的にまで魁偉にする。それにヴィルジニーにこう言わせる。「父が自殺する1時間前、私に言ったの。我が家の不幸はあの顔を見たときに始まった。だから父に誓った。どんな場所でも、どんな状況でもあの顔は見ないと」。書記はしゃあしゃあと「大丈夫です。伏し目にしていればクレイの顔を見なくてすみます」。翌朝、仕事をすませたヴィルジニーは「聞いて、鳥の声よ」と男を起こす。「本当だ」男の名はポール。「いい船乗りにつける昔からの名前さ」「今夜発つ約束でお金をもらったでしょ。船が買えるわね」「責めているのかい。君は? 金をもらったか?」ヴィルジニーは黙っている。書記が「クレイ様は死にました」と告げる。唐突すぎてついていけないが、オーソン・ウェルズの作品では驚くことではない▼虚構の作り話など信じられないから、作り話を真実にしてやる、とは「映画なんか偽物だから本物にしてやる」というのと同じで、どだい成り立たない話なのだ。オーソン・ウェルズほど虚構を愛した人はいない。彼の場合虚構とはイコール言葉で、言葉とは口から出たらこしらえごとになると考え、言葉ではない映像で映画の空気を表す手法に長けていた。彼の名作とされるのは誰でも知っている「市民ケーン」とか「黒い罠」とか「審判」だろう。どれもみないやになるほど、セリフを無視したシーンに圧倒されるが、その一方で人をそそのかし、人をもてあそび、人を幸福にも不幸にも、地獄にも極楽にも落とし込む言葉の魔性を、捉えきれないジレンマを隠していたように思える。本作はオーソンの後期の作品に当たる。短絡的な物語性と「作り物など信じない」は、言葉を追い詰めるのにうんざりした彼の本音に違いない▼19世紀末、ポルトガル領マカオが舞台だ。漢字ののぼりや旗がはためいていて、みすぼらしい細い路地がくねくねと続き、瓦屋根の向こうには青空が見える。このシーンにふと「第三の男」の観覧車の向こうの大空を思い出した。そこにも何もなかった。この映画には本当は「あの空みたいにカラッポなのだよ」とオーソンがウィンクしたような錯覚にとらわれた。こしらえものこそ不滅なのか、何もないことこそ無限宇宙のように不滅なのか、それはわからないけれど。

 

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